2.新天地ガレンドール
* * *
フィニーク時代の山賊だか海賊だかの風貌から、ガレンドールへ来る暇にぱりっとした留学生のご令息に化けたおれは、王都にある王立学園の第四学年に転入した。
ここに集まるのは貴族や金持ちの子どもたちばかりで、育ちがいいせいかそれとも十八歳までは子ども扱いのおかげか、皆あどけなく見えた。
男女共学なのや授業の複雑さにも驚いた。「学科」って何であんなに細かく分かれてるんだよ。そんでその知識いつ役立つんだよ。
一日中大人しく座ってるのも苦行なので、学科のいくつかを免除させてもらったり、近辺を視察すると言って休んだりした。早い話、いろいろ口実をつけてしょっちゅうサボってた。
それでも悪目立ちはしないでほしいと姉上にも頼まれているので、クラスでは浮かないように気をつけてた。そのためには成績はほどほどを維持したし、時には、おれはとっくに一人前なんだって気負いもあえて忘れて他愛ない鬼ごっこに付き合ったりもする。
また、良くも悪くも注目されちまったら動きづらくなる。身分の高すぎる連中は避けて、地味めで気のいい地方貴族出身の奴らとつるむようにした。そいつらが育った地方の話や王都までの道のりなんかを聞くのは、いつかこの大陸を歩き回るときに役立つだろう。休暇中に
ただ、仲間がやたら妹だの従姉妹だのを紹介してくるのは厄介だった。彼女らはフィニークの文化に悪い意味で興味を持ってて、「お国では一夫多妻制と伺いましたが本当ですの?」だの「女性は家に押し込められてて、教育どころか外出もろくにさせてもらえないってひどくないですか?」だの言ってくる。しまいには「フィニークって野蛮!」ときた。
もとは寡婦やその子どもを保護するための制度だし、大事なものは迂闊に見せびらかしたりしないで奥深くに隠しておくって価値観なだけなんだがな。確かに姉上みたいな扱いは異常だが、それを差っ引いても、聞きかじっただけで頭ごなしに野蛮と言われる筋合いはねえ。おれにどうにかできる話でもねえしな。
どのみちこの大陸で女と縁付くつもりはないから、仲間にはそういうのはよしてもらった。
一方姉上は、ガレンドール上陸直後にもうどっかへ行こうとしておれを慌てさせた。港で入国審査を通ったあと、フィニーク大使館から迎えの馬車が来てると言われておれがそっちへ足を向けると、姉上はあさっての方向に歩き出した。おれは急いで姉上の腕をつかまえた。
『お、おいおい。どこへ行くんだよ? あれに乗らなきゃ王都への道なんかわかんねえだろ』
『大丈夫です。私はあちらの乗合馬車で王都へ向かいます』
『しょっぱなから別行動かよ! いやだめだ、乗れよ』
『サイード、あれはあなたのための馬車です。それに、大使館に行っても私の場所はありません』
『じゃあどうすんだよ?』
『
いつそんな伝手を作ったんだよ!? 預かり子ネットワークでもあるのか?
『…いや、やっぱりだめだ。落ち着き先を見届けるまで目を離すわけにゃいかねえ』
『でも…』
『だったらおれが乗合馬車に乗る! 文句はねえな!?』
『…わかりました』
それで、大使館の馬車にはフィニークから一緒に来た随員と荷物だけ乗っけさせて、おれは姉上とともに上都した。
王都へ着くと、姉上は迷いもせずに大きな通りからどこかの路地へとすたすた歩いていった。おれは煉瓦の建物や人々の風俗が珍しくてついつい目を奪われがちだったが、姉上の手は離さなかった。
姉上は、ややうらぶれた雰囲気が漂う路地で、三段ほどのポーチを上がった扉の前で立ち止まった。扉には変な記号が付いていた。何となく、目と星に見えたな。
『今日からここが私の居場所になります』
姉上はそう言って扉を開けた。中はがらんとして、古びてはいたが住めないほどじゃなさそうだった。
『つって、家具が一切ねえけどどうすんだ』
『ここは店舗です。二階には揃っています』
『店舗?』
なんと姉上はここで占い師をやるつもりなんだそうだ。それ、引きこもりのコミュ障に務まる仕事なのか? そもそも金の稼ぎ方はわかんのか。どうにも疑問だらけだが、姉上はすべてを『大丈夫です。預かり子ですから』で押し切った。しょうがないからおれも納得したことにした。
やっと大使館へ行くかと表に出ると、姉上は辻馬車の拾い方まで教えてくれた。どういうわけだかここの暮らしが板に付いてやがる。間違ってフィニークに生まれたとしか思えねえ。…おれの姉になったのも間違いか?
大使館では、フィニーク大使と先にやった随員とがしびれを切らしておれを待っていた。敷地内にある上級外交官の宿舎の一つが、新天地でのおれの寝ぐらになった。宿舎はガレンドールの建築様式で、居間兼応接間兼書斎、ダイニング、寝室、バスルーム…と部屋数が多い。これでもコンパクトな作りなんだとか。まあどうでもいいさ、寝床さえあれば。
こうしてガレンドールでの留学生活が始まった。大使館で寝起きはするが、外交は大使夫妻がやるのでおれは特に顔を出さなくてもいい。出国前に親父殿からそう言われていたので、その辺は気楽なもんだった。自由時間で王都のあちこちを覗き回り、馬で近場の町や村にも足を伸ばしてみた。
ガレンドールはきれいなところだ。国名は「緑の大地」って意味らしいが、ちょっと郊外に行くとその名の通りみずみずしくて起伏のゆるい緑野が広がっている。風も冷たすぎず乾きすぎず爽やかだった。
こんな国なら人も家畜も作物も余裕で増やせるし、人手があればどんなものでも作り出せる。立派な建造物から便利な生活小道具まで見たことないものばっかりで、どこを覗いても楽しめた。
留学期間も半ばを過ぎると、「ここの次はどこへ行く?」という問いが頭をもたげてくる。この国の周囲にも遠方にも、多くの国がある。東の大陸はまだまだ楽しめそうな要素に満ちていた。
けどどこへ行くかは、姉上の「お務め」の調子次第だ。姉上は、お務めかユーシェッド家のどっちかと縁を切れれば初めて自由に生きられる。後者ならおれもユーシェッドの者として付き添ってる必要はない。おれが真に自由になれるのもその時だ。
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