第3章 出番のないモブ

1.大追跡

 おれは指定場所の真ん中に立ち、挑戦者たちが現れるのを待っていた。


 どこかで鐘が鳴る。

 それを合図に連中はここへ向かってくるだろう。


 おれは特に気構えることもなく、両手を軽くポケットに差して数分やり過ごした。やがて数人分の足音が近づいてくる。


「待たせたな、サイード」


 開け放たれている扉から、体格のいい若い男が三人ばかり入ってきた。


「別にいいぜ。今日は三人だけか?」

「スタートは三人だ。あと二人がどこにいるかはお楽しみだ。ゲームが始まったら死角から襲いかかるさ」


 真ん中の奴が不敵に笑いながら言った。予告なしの新ルールか。まあいい。おれも煽り返す。


「はっ、おれに死角なんかないぜ」

「余裕でいられるのも今のうちだ! 今日こそ追いついて見せるからな」

「おう頑張れ。時間がない、とっとと始めようぜ」


 おれは軽く跳ねるようにかかとを浮かせ、ダッシュの準備をする。別の奴が今日のルールを説明した。


「移動範囲はこの講堂と渡り廊下、からのグラウンド。校舎内と芝生はNG。時間は次の予鈴までの十分。それまでに俺たちの誰かがお前を捕まえればゲームオーバー、逃げ切ればお前の勝ちだ」

「ハンディを付けてもいいぜ? 前回まではタックルで確実に仕留めるルールだったが、一瞬でもかすれば勝ちにしてやる」

「いらん。俺たちにもプライドはある!」


 こんなゲームに何がプライドだよ。

 三人目が片手を掲げ、振り下ろすと同時に開始の宣言をした。


「それでは、第三十四回『サイード大追跡ゲーム』スタート!」


 宣言と同時に三人がおれに向かって駆け出してくる。おれはバック転二連で連中から離れ、すかさず講堂の壁に駆け寄る。反転しながら勢いよく壁を蹴り上がって奴らの頭を飛び越えれば、あとは講堂を出ていくだけだ。


 渡り廊下を突き抜けようとすると、脇の柱から新手が飛び出した。そいつを避けた先の柱に取り付き、スイングして遠心力で遠くに着地する。


 ドタバタとただ走って追いつこうとする連中を尻目に、渡り廊下の下の急斜面を一気に飛び降りてグラウンドに出た。追手の方は、角度にためらいながら滑り降りる奴もいれば脇の階段を使う奴もいる。


 皆が下に降りるのを待っていると、背後で砂を蹴る音がした。五人目が両腕を広げて飛びかかってきたのを横ざまに跳んでやり過ごし、そこに立ちはだかっていた奴の足元もスライディングして抜ける。


 素早く手近の階段を駆け上がっていくと、降りてきた無関係な生徒がびっくりして立ち止まった。おれは接触を避けるために階段の中央に設置された手すりを掴んで飛び越え、反対側を駆けた。


「おい、こんなところで鬼ごっこするな!」


 追いかけてきた連中に巻き込まれた生徒が怒号を上げる。あれはうちのクラスの優等生だな。おれの挑戦者たちはゲームの方を優先して「すいまっせ〜ん!」とか言いながらまだ追ってきた。また講堂に誘い込んで突破するか。


「もう息が上がってんのか? 情けねえな!」


 五人を煽り、翻弄を続ける。連中が完全にへばるまで十分も必要なかった。だが一応ルールなので予鈴が鳴るまで待ち、おれは連続三十四回目の勝利を収めた。


「あ〜、今日も勝てなかったか…」

「畜生、卒業までに絶対に仕留めてやる…」


 連中は服の砂埃を払いながらよろよろと立ち上がった。


「おれに追いつこうなんざ百年早えぜ。今日は誰がおれに奢ってくれるんだ?」


 すると一人が手を挙げた。


「よしよし、今日は飯じゃなくてオヤツで許してやる。後で噴水広場に行こうぜ」

「ああ」


 それからおれたちは飽きもせず走り出し、本鈴が鳴る前に教室へ滑り込んだ。

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