4.説得
「ちょっと待って、あなたが出て行ったらこの家はどうなるの?」
パリーヤが詰め寄るように叫んだ。
「出ていくのは見限ったときでしょう? その後は必ず落ちぶれると言い伝えにもあるわ」
「見限ってはいません。お母様もお父様も良くしていただいたと思っていますし、サイードもいます」
「じゃあ、今までどおりの暮らしはできるわけね」
「預かり子をお世話した方が健在の間は、この家の運気が保たれるよう配慮します」
贅沢好きのパリーヤは少し態度を和らげた。
「ならいいけど、でもガレンドールなんて遠くに行ったら配慮なんて無理じゃありません? 近くにいて下さらないの?」
「天上の主は遍在なので、物理的な距離は関係ありません。それに、お務めを果たすためにはガレンドールに行く必要があります」
「お務め?」
「天上の主がこの身に託した役割です。預かり子とは、そのような役割を持って生まれてくる者です。お務めが家にいたままでできることであれば出ていきませんが、今回はそうではありません」
そうだったのか。逆に、なんでわざわざフィニークに生まれたんかな。まさか、おれと姉弟になるためだなんてわけはないだろうな。さすがにな。
「しかし、外国となると若い娘を一人で出すわけにはいかないな。普通なら、身内の男が連れ添わなければならないものだが」
ハフェズがまともなことを言った。
「サイードを連れていきます。そのために、大人になるまで待ちました」
「サイードを!? いや、いかん」
「そうよ! 体は育っても中身はてんで危なっかしいじゃないの」
意外にも慌てた親父殿にパリーヤが同調した。
「能力は十分です」
「付けるなら私の息子たちにするべきよ。ハフェズは総督になった旦那様から家業を引き継ぐけれど、シャヤールが付いていったらいいじゃない」
冗談じゃねえや。さっきの言い草を聞いただろ。絶対ろくな扱いをしねえって。
「確かにサイードはそろそろ一人前扱いさせてやれると思ってはいるが…ここでいなくなられては、昨日披露目をした甲斐がない」
「父上、今家業を回しているのは私とシャヤールですよ。我々よりサイードを当てにするのですか?」
「いや、そんなことはない。お前たちはお前たちで立派だ。皆私の自慢の息子だ。ただ、サイードにはサイードなりの才気が備わっている。それを自由に発揮すればいいと思い、膳立てをしていたまでだ」
…おう。そんな買われてたとは思わなかったぜ。昨日に続いてまたしても居心地が悪い。
「ガレンドールへ行かせた方が、その機会を得やすくなるでしょう。むしろフィニークにいたままではくすぶってしまい、『不孝非道の悪党』の道へ進んでしまうかもしれません」
え、姉上がおれをディスるのか?
「む、む。そうなのか?」
「総督のご令息がそんなありさまでは面目が立ちません。一方、ガレンドールでは十五歳はまだ子ども。みな教育の途上にあります。どうでしょうか、視野を広げ礼儀を学ばせるためにサイードを留学させてやっては」
「「「「「留学!?」」」」」
おれまで声を揃えちまった。
「フィニーク連邦総督は、ガレンドールでは国王に匹敵する地位です。国家元首の子息を留学という名目で滞在させることで、両国の結びつきを深めることができるでしょう」
「ふーむ…」
「お父様が総督になられたからこそ可能なことです」
説得する姉上を睨むようにじっと見ていた親父殿は、やがて片頬を歪めた。
「…ふっ、ふはっは。預かり子め、それが今回の助言か」
「……」
「いいだろう。サイードを付かせよう」
「まじかよ、やったぜ!」
「旦那様!?」
「「父上!?」」
親父殿は、口々に反応するおれたちを見渡した。
「お前たち、わかったか。偶然が重なればその波に乗らぬわけにはいかんのだ」
「旦那様、でも…」
「これは政治の話だ、パリーヤ。お前が口を出すことではない」
それを聞いたパリーヤは鼻を鳴らして部屋を出て行き、残った男たちで今後のことを詰めた。
姉上は、ガレンドールに少なくとも数年は腰を据えると言った。おれが留学できるのは十八になるまでの三年間だ。その後、姉上ともどもフィニークへ帰ってくるのかは、その時のおれの意志に任されることになった。
姉上がここにまた押し込められるんなら、連れて帰ってくるわけにはいかねえ。そしておれ自身も、親父殿には悪いがここに帰ってこなきゃいけねえのかと思うと内心うんざりする。おれがどうするかはさておき、三年後に姉上とまた離れ離れになる可能性は十分あった。
それまでの間、この部屋はそのままにしてほしいと言われた。この部屋が預かり子なり天上の主なりとの縁をつないでいるので、残していれば家の運気を保ちやすいとのことだった。
姉上自身は、屋敷を出るときもガレンドールへ渡るときも、できるだけ目立たずに行動したいと主張した。だから船に乗るユーシェッド家の者はおれだけで、姉上はただの渡航客を装うことになった。
ユーシェッド家に娘が存在していることさえ、可能な限り
結局、対外的にどうしてもごまかせない場合は、「過去に第二夫人の娘として引き取ったが、体が弱く病をもらいやすいので隔離していた」という話で口裏を合わせることにした。
預かり子であることだけは、絶対に秘密だ。
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