第3話

 006


 木の枝を削って作られた、簡易的な木刀を両手で握り、右手の甲を下、左手の甲を上に向ける。自ずと剣先は地面と平行となり、低く落とした腰と、前後に広げた脚のバネを十全に活かせる構えとなる。


「ほう?」


 爺さんの目つきが若干変わる。爺さんが時折みせる鋭い一撃を振るった時の構えを完全再現したからだ。


「自慢じゃないが、物覚えは良くてね」


「ふん……それは認めてやろう。だが、猿真似でどうにか出来る剣などと驕るなよ」


 爺さんは当てつけるように同じ構えをみせ、一足飛びに駆け出した。まるで瞬間移動でもするかのような圧倒的な速度は、物理法則に従って剣そのものの衝撃を大きく増大させる。


「っ……!」


 目を瞑るな。目に焼き付けろ。あくまで超高速の、瞬歩とでも言うべき技術……そこに魔術ロゴスが乗っていないのなら――やりようはある!

「っっらァッ!」


 視界の端を朧に掠めた影を認めた瞬間、反射的に剣を振り抜く。目は決して瞑らず、瞬きひとつ許さない。


「なに?」


「ビンゴ!」


 予想通り、俺の首筋を狙って振るわれた爺さんの木刀を、俺の木刀が寸でのところで弾いパリィた。

 驚きか慢心か、まじまじと俺を見ている爺さんに生まれた隙を突いて、歩法と練習してきた歩法を織り交ぜて、自分の身体を突撃させる。


「ウォアアアアッ!」


 毎日爺さん鍛錬を盗み見た知見と、今しがた学ばせてもらった実戦での筋肉の使い方。それをこの場で再現し、付け焼き刃を思いっきり振り抜いていく。


 木刀は吸い込まれるように爺さんの首筋に迫り――当たると思った直前で、巨大な川に流されたかのように上部へと力のベクトルが変わった。


 俺の剣と自身の首筋の間にいつの間にか剣を滑り込ませた爺さんは、力で弾くのではなく俺の一撃を軽やかに流しやがったのだ。


「ふざっ」


「甘いわ」


 急激に変わった力のベクトルに着いて行けず浮いてしまった足を、苦し紛れに蹴りへと変える。しかし、その蹴りは何の慰めにもならず、爺さんの持つ剣の峰をもって片手で受け止められ、空いた片手で俺の胸ぐらをつかみ、投げ飛ばした。


「ぐぇっ」


「安直過ぎる判断だ。投げ飛ばす代わりに首を折ることも出来たぞ」


「そりゃどうも!」


 地べたに転んだならそれを利用するまで!

 限りなく水平に近い姿勢で地面を蹴り上げ、水面を滑るように不可思議な姿勢で爺さんへ接近する。


 こいつはの中にあった英雄さんの使ったらしい歩法だが、今ならなんとなく出来る気が――


「練度が低い」


 ばっと足を払った爺さんから、大小さまざまな砂粒が俺の顔面めがけて飛んでくる。


 ヤロウ、目潰ししにきやがった! 子ども相手に!


 地面すれすれに顔を近づけていた俺は、咄嗟にそれを避けるため上へと跳ね上がる。

 せめて一太刀――!


 上段に構え、天からの重力を最大化させながら振るう一撃は、またも片手で受け止められた。……が、そんなのは予想の範疇よ!


 衝突の衝撃に抗うことはせず、あえて手のひらの力を抜く。

 するりと木刀は俺の手から抜けて行くが、その分落下の加速を失わないアドバンテージを得る!


「オラァッ!!」


 全体重と全加速を乗せた渾身の蹴りを、爺さんの胸に見舞い――その足先を空いた手で掴まれる。……それもお見通し!


 アドレナリンからスローモーションになっていく視界の中で、衝突の硬直から徐々に解除された爺さんの剣が、ゆっくりと振り下ろされていくのが目に入る。

 つまり、爺さんはいま片手で俺の足を持ち、片手で剣を振るっている。


 ニヤリと、俺は無意識に口角を上げ――空いた両手を強く握り、重力のままに振り下ろした。


 片足が掴まれていることから宙吊りになっている俺の身体は、振り子の要領で曲線を描いて、ものすごいスピードで爺さんの正中線下部――股間へと迫る!


 ゴツン!


 大きな音が鳴るのと、俺の身体が勢いよく吹っ飛ぶのとはほぼ同時だった。

 爺さんは咄嗟に右足を鞭のようにしならせて、迫る俺の腕を蹴り飛ばし、俺はその衝撃で近くの木にぶつかるまで吹き飛んだのだ。


 身体に襲い来る重苦しい衝撃は、一瞬だけ呼吸を俺に忘れさせ、次いで口内に血の香りを充満させる。

 明滅する視界は朧に歪んでいるが、その焦点を無理に合わせて爺さんを見る。追撃が来るかもしれない、痛みに耐えてる暇はない。


「――――!!!!」


「あっ」


 爺さんが片膝を突いてうずくまっていた。顔を真っ赤に染めて、何かにずっと耐えるようにうずくまっている。

 ……そうか、当たったのか。当たったんだな。俺の一撃、渾身の金的が!


「よっしゃ! 一太刀浴びせたぞ、ジジイ……ひっ」


 ぎろり、と。

 憤怒の二文字を凝縮した視線というのはこういうものなのだと魂から理解させるような、そんな恐ろしい表情で爺さんは俺を睨みつける。それだけで、俺を射殺せてしまいそうなほどの眼力をもって。


「これのどこが……剣術なのだ、阿呆が」


 プルプルと耐えながら、憤怒の視線を俺に向け続ける爺さんがそう言った。


「戦いに汚い手もクソもあるかよ! …………その、ごめん?」


 がくりと肩を落とした爺さんは、痛みが落ち着いたのか腰を下ろし、諦めたように中空を見遣った。


「……それもまた真よ。油断しておった儂が悪い」


「じゃ、じゃあ!」


「あぁ、明日から稽古をつけてやる。約束は違えん」


「――っ! っっしゃあああ!」


 柄にもなく腕を上げて喜ぶ。

 こんな狭い世界の中で、ただ本を読み食べ物を与えられるだけの生活には心の底から飽き飽きしていたんだ。爺さんの鍛錬風景をみてりゃ猛者であることは一目瞭然。どうにかして稽古をつけてもらおうと、自主練を初めて苦節一年は経ったはず。その努力が報われたのが、素直に嬉しいのだ。


「お前の猿真似じゃ変な癖がついている。まずは剣の振るい方から教えてやろう」


「押忍! お願いします!」


 やっと、同じような毎日から解放されるぜ。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


面白いと感じたら、応援・フォロー・★をお願いします!


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら神の祝福を貰いました ~え⁉️ 邪神⁉️~ 十卜或斗 @Aruto_0000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ