第8話 偽装カップルの練習

「頼む。偽装彼女になってくれ!!」


 唐突なお願いだった。その言葉に正直驚いた。相手はクラスメイトということ以外は接点がない男子、瀬川仁志だったからだ。友達はそこまで多くはなく、クラスの端でただ、寝ているイメージしかない。

 意味が分からない。なぜ、私に頼むのだろうか。

 いや、私以外に頼める人がいないのかもしれない。


「無理だったらいいよ」


 私が考え込んでいたからなのだろうか、自信がなさそうになってきた。


「いや、そうじゃなくて……なんで私なんだろうって。というか、偽装彼女って?」

「ああ、説明が足りなかったな。僕は、おばあちゃんに嘘をついてしまったんだ。彼女がいるっえt。それで……」

「私にあなたのおばあちゃんの家についてきてほしいってこと?」

「うん」


 そう言って、彼は手をいじいじとし始めた。やはり自信がないのだろう。実際、私は今腕組みをしてしまっている。

 腕組みは防御のポーズと言われている通り、私は彼に心を開いていない。

 正直面倒くさそうだし、断りたい。でも、


「なんで私なの?」


 理由は知りたい。私以外にもクラスにはたくさん人がいる訳なのだし、そもそも私よりはるかに声をかけやすい女子なんて何人もいる訳で、

 私である必要性が分からない。


「それは……」また彼はもじもじする。「クラスの女子の中で一番かわいいと思ってるから」


 その言葉に思わず「ふふ」と、笑ってしまった。

 なーんだ、そんな単純な理由か。

 単純な理由なのもそうだし、何よりもじもじする彼の姿がかわいくて。


 断るつもりだったけど、少し楽しそうなイベントに思えてきた。


「分かった。偽装カップルやってもいいよ」


 どうせ暇だし。そこまで大変でもないでしょ。


「ありがとう!」


 そう手を向けてくる彼を制止して、


「ただし、条件があります」

「な、なんですか?」

「用が終わったらポイっとみたいな、道具の関係は嫌。だから、偽装彼女、つまりあなたのおばあちゃんに合う時以外も仲良くしたいな」

「うん約束するよ」

「そう」今度こそ、彼の手をつかみ「よろしくね」と言った。


「それで、その日はいつなの?」

「とりあえず来週の日曜日かな」


 日曜日。思ったより近いな。


「てことは、それまでに計画を立てないとね」

「計画?」

「そう、このままの距離感じゃあばれちゃうから」


 実際今の瀬川君の私に対する距離は、初対面に対する距離感だ。まずは彼の緊張をほどく必要がある。


「今週の土曜日、デート行こっか」


 練習が必要だ。ふふふ、これは楽しくなりそう。当の彼は、「で、デート?」と、固まっているようだが。


「大丈夫。ただのお出かけのつもりで行ったらいいから」


 そう、にかっと笑う。にかっとというのはあくまで私の主観だが。

 しかし、彼は少しほぐれた笑顔で「うん」と言ったので、良かった。


 そして土曜日、私達はデートに行った。行先は近場の遊園地だ。学校で相談を重ねた結果、こうなった。

 正直、今日は楽しみだ。男子とのお出かけなんてしたことがないし。

 もしや、この偽装カップル計画を一番楽しんでいるのは私かもしれない。

 だって、こんな楽しそうなイベント他にないもん。


「お待たせー! 待った?」


 敢えて五分遅れていく。理由はシンプルだ。五分遅れることで、カップル感を周りに醸し出すことが出来る。これも、彼にカップルの呼吸を学んでもらうためだ。

 勿論私は人と付き合ったことなんてないのだから、私も学ばなければならないのだけれども。



「じゃあ、まず何に乗る?」

「えっと、じゃあ……ジェットコースターで」


 なるほど。ちなみに私はどちらかと言えばジェットコースターは苦手だ。少し気持ち悪くなり、数分の休憩が必要だ。でも乗れない程じゃない。ここは、仁志君のために一肌脱いであげよう。


「あははははは」


 ジェットコースターの上で彼は思い切り笑う。その中私は、「ぎゃあああああああああ」叫んでいた。

 とはいえ、隣の仁志君の楽しそうな顔を見ると、そんなのどうでもいいやと思う。

 ジェットコースターのしんどさは一気に仁志君の顔で吹き飛んでしまう。


「はあはあ」


 それでもしんどいのは変わらないのだが。結局仁志君の楽しそうな顔を見れた代償として、ベンチで七分間、気持ち悪さで悶えていた。


 しかし、仁志君はそんな私に対して、「水いる?」「背中さすったほうがいい?」と、色々気遣ってくれた。

 可愛いかよ。

 本当、いつもはあんまり仁志君に対して何とも思っていなかったけど、実際はかわいい人だ。

 その後、コーヒーカップに乗る。こちらはだいぶ楽だった。



 そして最後は観覧車だ。


 仁志君と向かい合って、座る。観覧車という個室なこともあり、互いに顔が赤くなっている気がする。どうしようか、胸がドキドキする。私まで緊張してどうするんだと、言いたい。


「今日どうだった?」


 とりあえず、私の中の変な感情を殺すように言った。


「楽しかった。まさか、大江さんと一緒に行く遊園地がこんなにも楽しいって思ってなかったから」

「楽しそうじゃなかったってこと?」

「いや、そうじゃなくて、期待値はもともと高かったけど、それをはるかに超えたって言うか、想像以上って言うか、えっと」


 分かりやすく戸惑う仁志君。かわいい。だが、段々可哀そうになってきたので、「冗談よ」と言った。


「冗談ですか。良かった」

「少しいじめ過ぎたね」


 そんな会話をしている間に、観覧車が上の方に来た。いよいよ周りの景色が早大に見える。

 私がどこかの悪キャラなら、人がゴミのようだとか言ってそうな景色だ。


「素敵ね」

「うん。まさか観覧車からこんな景色が見られるとは思ってなかった」

「私も。この景色大事にしたいね」

「うん」


「ねえ、隣に行ってもいい?」

「……いいよ」

「やった!」


 私は仁志君の隣に座る。仁志君のぬくもりを感じられ、気分が高揚する。


「隣っていうのもいいのかもしれないわね」

「そうだね。どきどきするよ」

「私のことを女だと思ってみているってこと?」

「いや、……誰だって緊張するよ」


 思えば私も仁志君も顔が完全に赤くなっている。そしてその原因は、あの赤い夕暮れのせいだとは思えなかった。

 だけど、これも偽造計画の第一歩と考えたら、かなりいい気がする。


 そして、幻想的な気持ちで一日が過ぎた。

 そして、翌日、水族館に行った。

 正直水族館はデートスポットである一方、男女のテンションに差が出ると、仲が悪くなる原因となる。以下の理由で若干迷ったのだが、仁志君が「行きたい!」と言ったからには仕方がない。

 水族館の水槽の中には沢山の魚が泳いでいた。皆等しくかわいかった。

 私もじっくりと魚を見ていたのだが、仁志君のそれは私以上だった。

 仁志君は本当に熱中してみていた。

 それを見てすごいなと思った。仁志君は魚をじっくりとあじわえる人間だと。


 そして、イルカショーを見に行った。カップルならではの場所だ。……たぶん。

 そこにはもうイルカがスタンバイしているようだった。


 私はもうすでにどのようなショーになるのか楽しみである。

 そして、イルカショーの始まりの合図とともに、アナウンスが流れる。

 ちなみに場所は、仁志君が、「最前列に行きたい!」と希望するものだから、最前列だ。

 最前列……濡れるからあまり好きじゃないんだけどなあ……。

 そしてショーが始まる。

 まずは司会の方がアナウンスして、イルカが一気にジャンプする。遠くの方でジャンプしたのだが、それが大ジャンプだったという事もあり、水が跳ねて、こちらまで飛んできた。

 正直軽く……不快ではあるのだが、相変わらず仁志君は楽しそうだ。

 これを見たら意地悪をしたくなった。

 そう、本当のカップルではないけど、今は偽装カップルだ。

 ならば、


「きゃあ」


 そう言って、仁志君に抱き着きに行った。彼はドキドキしている顔をしている。悪戯成功だ。



「これは、カップルの練習なんだから、当たり前のことだよ」


 そう、言い訳がましく言っておこう。これで彼も、強くツッコんではこないだろう。


「はあー楽しかったわ」


 イルカショーが終わった後、そう言った。


「ああ、楽しかった」


 そう、言う仁志君。だが、その顔は少し疲れを見せている。流石に悪戯しすぎたかなと、少しだけ反省。


 その次は、水中トンネルに行く。そこは、大きなトン円るで、周りの景色が中から見られるという物だ。


「仁志君、じゃあ手恋人つなぎしよっか」


 そう笑顔で言う。そして了承を得ないまま、手を無理やり恋人つなぎにする。


「ええええ????」


 相変わらずわかりやすく戸惑うなあ。


「だって、練習しなきゃでしょ?」

「それはそうだけど……」


 そう言って、不安なのか、自身の胸付近を触る仁志君。やっぱりこういうのには慣れてないんだ。


「大丈夫だよ。早く慣れるよ」


 そう、笑顔で言う。それを見て仁志君は、ため息をついた。悪魔の笑顔とでも思っているのだろうか。


 ああ、楽しいな。


 そしてそのあと、一緒にお土産を買って解散した。


 そして当日、仁志君がおばあちゃんの家に行く日になった。


「今日が勝負ね」

「うん。頼みます。大江さん」

「まあ気軽にね、カップル感を醸し出していこっか! まず手をつなご」


 手を仁志君に差し出し、彼が手をつかむ。恋人つなぎだ。

 いくら偽装とは言え、ドキドキしてしまう。ああ、練習しても恥ずかしさは消えないな。


 そして、二人でドアを開けた。


「おやまあ、仁志、よく来たねえ」


 そこには70台後半くらいの女性がいた。老眼鏡なのだろうか、眼鏡をかけた白髪のどこにでもいそうなおばあちゃんだ。


「こんにちは、仁志の彼女をやらせてもらっている大江沙也加です」


 そう言って頭を下げた。


「おやまあ、まさか仁志がこんなかわいい彼女を連れてくるとはねえ。驚いたよ」

「いえいえ、そんな」


 でも、うれしい。かわいいという言葉を伝えられてうれしくない人はいない。


「それで、二人共どこら辺まで進んだのかい?」

「「進んだ!?」」

「もちろん恋人関係よ」


 思ったより仁志君のおばあちゃんは鋭いらしい。


「もちろんハグはしました」

「キスは?」

「……まだです。私達そう言うの苦手なので」


 だって、そう言うのはたとえ恋人同士でも恥ずかしいし、そもそも偽装恋人だし。


「えーキスくらい見せてくれたったらいいのに」


 無茶言わないで。


「分かった」「え?」


 仁志君は私にキスしてきた。思わずドキッとする。


「おばあちゃんはこれが見たいんでしょ」

「まあ、合格ね。いいカップルになるわ」



「キスするなら行ってよ!!!」

 仁志君に怒鳴る。まさかあんなイベントがあるとは思っていなかった。


「ごめん。ああしないとうちのおばあちゃん許してくれないかなって」

「でも!」


 流石に、謝って済む問題じゃない。私のファーストキスが奪われてしまったのだから。

 ファーストキスなんて、大切なものを。


「最低!!」


 思わず逃げ出した。もう、仁志君、いや瀬川君とは関わらないとこうと思った。


 月曜日、瀬川君は私の前に現れた。どのずら下げて現れてるんだって怒鳴りだかった。


 だけど、私が怒鳴る前に、


「ごめん。大江さんが怒鳴るのもよくわかっている。流石にやりすぎた。でも、一ついいかな」

「なに?」

「僕は大江さんのことが好きなんだ。だから、キスしてしまった。許される行為ではないよね。僕は偽装彼女を言い訳にして、その立場を私物化していた。こんなことなら最初から告白しておけばよかった。でも、僕には告白する勇気なんてなかったんだ。告白して振られるのが怖くて、あんな提案をした。僕のこと殴ってもいいよ」

「っ」


 何も言えない。確かにいきなりのキスは許される行為ではない。でも、それが好きという気持ちが暴走してしたキスだとしたら?

 私には分からない。何もかも分からない。私は何と返したらいいのだろう。このまま許して偽装じゃなく本当に付き合うべきなのか、もういっそこのまま怒って疎遠になったら良いのか。


 とりあえず。


「ごめんね」そう言ってはたく。「考えさせて」


 はたいたのはもちろん気持ちの整理をするためだ。後々どうなるとしても、やっぱり許可なくのキスは許されないことなのだ。そこから数日気まずい空気が流れる。

 そして、考えた末、土曜日に彼をカラオケに誘った。


「おはよう」

「うん、おはよう」


 気まずそうな顔で入ってくる仁志君。そんな彼に対し、「何歌う?」と、まるで何も中tぅたように、私は話しかける。もちろんここに呼んだ理由は、この前の剣だが、それを切り出すタイミングは少なくとも今ではない。もっと後のタイミングだ。

 そして数曲歌って、タイミングを見計らう。


 そして、互いに一通り歌った後、


「この前の件だけど」


 ついにあの言葉を切り出した。それを聞いて仁志君がつばを飲み込んだ。


「私、キスのことは謝ってくれたからもういいです。そうじゃなかったらもうここにはいないし。で、これからの話だけど、私は瀬川君と付き合ってもいいと思っています。別にキスのことだけだし、元々は嫌いじゃないし。でも、お願いだからキスは互いの合意がある時にして」


 数日考えた結果、私はキスが嫌なわけじゃなかったんだと気が付いた。そう、私は急にされたから混乱しただけだった。

 あの時は自分の気持ちに整理がつかなかったけど。


「う、うん」

「ちなみに私はあの時のキスは全然よくは思わなかったって言うか、っ恥ずかしかった。だから、もしキスするのなら、今度ちゃんとしたときにしよ。でも、付き合うにしろ、たぶん暫くは気まずい空気が続くだろうけど」


 そう言って微笑んでみると、仁志君も少しだけ「ふふ」と言った。


 結局気まずさは変わらなかったけど、その日は二人で歌った。

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ラブコメ短編集 有原優 @yurihara12

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