第8話 メイドさんゴシゴシ

 薄暗い部屋には、蝋燭が何本か灯していた。


 仮面と黒いフードはその灯りを以ってして恐怖を増強させる。


 全裸で縛られている事で、メイドはそれを肌で、空気で感じ取っていた。


 自分がこのまま何をされるのかわからないという恐怖。


 何故自分が誘拐され、このような目に合っているのかわからない恐怖。


 尤も、これから行われる事に比べれば、今のただの状況はまだまだ序の口である。



「自分の罪を数え……られるかしらね。」


 声を変えていても、その口調は変わらない。


 しかしメイドは知らない。


 ミラが普段このような口調で喋る事を。


 怯えていたり、苦痛や悲鳴をあげるところしか見ていないのだから。


「貴女、痛いのは平気かしら?私は平気じゃないけど。」


 転がるメイドの頬を靴の裏が埋める。


 その後グリグリと、苦裏の汚れを落とすかのように擦り付ける。


「うぶっ。なにをっ。何をするのっ。」



「残念、ヒールだったらその頬に穴を開けてやろうと思ったんだけど。」


 靴を話すと、頬には汚れが付着していた。


 ミラは顔を踏む前に、肥溜めを踏んでからにすれば良かったと思っていた。


「因果応報、やられたらやり返せ、言い方はまぁあるけれど。」


 

「も、もしかしてっ、お、お嬢様っ!?」



「あら、思ったより間抜けではなかったようね。」


 ミラは特に隠す気はなかったのか、あっさりとメイドの問に正解と答えた。


「という事は、この後何をされるかも察しはつくかしら?」


「……し、仕返しでもなさるつもりですか?」


 馬鹿にしたような口調でメイドが言った。


「仕返しとはまた微妙な言葉だけど、先程言った通り因果応報、やられたらやり返せ。つまりは私が貴女にやられた事をやるって事かしらね。」



「でもその前に、貴女には私に対する恐怖が足りないわよね。だから全体的には確実にやり過ぎる事にはなるでしょうけれど。」


 ミラは1本のナイフを右手に持つと、剝き出しになっているメイドの左太腿に向かって突き立てた。



「あぎゃぁぁぁっぁあぁぁあっいいぃ痛い痛いッ痛いィィィィ。」



「まぁ、ナイフが刺さったのだから痛いわよね。」


 しかしミラはまだ突き刺したナイフを抜くこともせず、そのまま太腿に刺さったままのナイフを握っていた。


 左太腿からは赤い液体が噴き出し、綺麗な太腿を潜血で染めていた。


「意地が悪いメイドでも、流れる血は同じ赤い色をしてるのね。てっきり緑か紫かと思ったわよ。」


 未だに叫んでいるメイドを他所に、ミラは呟き、太腿に刺さっているナイフをグリグリとやって引き抜いた。


 その瞬間、一層の血が噴き出し、ミラの黒いローブや仮面に飛散した。


 薄暗い部屋で黒いローブでは、赤などでは変色の違いがわからないが。


「舐めておけば治る……だっけ?私の背中をゴシゴシした時に、いつだったか貴女は言ったわね。というわけだから、舐めておけばそのうち治るんじゃないかしら。」



「そしてこれからが本番なんだけれど、今のは私に対する恐怖が足りないようだから前倒しデザートみたいなもので余計な事よ。」


 そう言うとミラは血の付いた仮面を取ると、今やもはやトレードマークとなっている左右で異なる色の目でメイドを見下ろした。


「ああぁぁあぁっお、おじょっ、お嬢様ッ。私にこんな事をしてごっ。」


 ただで済むと思ってるの?と続くであろう言葉はミラが許さなかった。


 先程頬を踏んだ靴を煩い口を塞いでやると言わんばかりに口に捻じ込んだのである。



「叫び声とか痛いとかごめんなさいとかは言ってもいいけど、私に対する罵声は看過しないわ。」


 看過したら、サリナを始めミラが取り込んだ奴隷達がどこからともなく現れてすぐさま亡き者に変えてしまいそうだからである。


 実のところ、ミラなりの優しさ?であったのだが、靴を口に突っ込む行為やこの後のやられた事をやり返す拷問を考えたら果たして優しいと言えるかどうかは、終わった後の当人達にしかわからない。



「無駄話も何だし、でも貴女が最初の一人目だから少しだけ説明しながらにするね。無駄な問答でちまちまするのもめんどいからね。」


 ミラの左目、水色の聖眼が光る。


「あがっああぁぁあぁぁぁぁっ。な、なに゛。せ、背中が痛い、痛いィィァァァッ。」


 ミラの左目の聖眼は状態を変化させたり固定させたりする事が出来る。

 

 その聖眼を利用して、ミラは一つの実験を試みた。


 傷を付けたり治したりが出来るとわかった時、自らが負っているものと同じ傷を他者にもつけられないものかと。


 流石に人で試すのは初めてであるが、自らの身体で実証は済んでいたため、推定可能という考えは持っていた。


「これが貴女達が忌み嫌っていた聖眼の力。本来は治癒などのために使うものだけれど、こうやって傷を付ける事も出来るの。尤も、これは私の背中にあるモノと一緒よ。良かったね、仕える主人と同じものが出来て。」


 その言葉をミラが発した途端、部屋の外のどこかで「ガタンッ」という音が響いた。


 ミラの傷は時間と共に癒えているため、傷跡であり現在進行形で痛みがあるわけではない。


 しかしメイドは今鞭を打ち傷を付けましたというものであった。


 それは当然痛いわけで、後ろ手に縛られているため、自らの腕や手、縄が傷のついた背中に触れるため、痛みを増しているのであった。


「その眼で既に見たと思うけど、そこにある箱……浴槽なの。貴女が私にくれたもの。傷だらけの背中に熱湯掛けてタワシでゴシゴシしてくれたよね。」


 他にも色々やっているのだが、一番多く行った行為が熱湯を掛けてタワシで傷口をゴシゴシと擦り洗いをしたことだった。


「ひぃぃっ。やっ、やめてくだしあっ。私が悪かったです。お願いですから、それだけはやべっ。ああぁっあっいだいっいだいっ」


 ミラは足を引っ張り、冷たい床を引きずっていく。


 その際に傷着いた背中が床を擦り、痛みはさらに増していた。


 寝室などの綺麗な部屋と違い、靴で歩く地下室の床である。


 当然綺麗とは程遠く、小さな砂利も転がっており、傷口が化膿するのが当たり前な床面であった。


 湯船の前で足を放り投げると、桶を取り出しお湯を掬う。


「私からのプレゼント。」


 ミラは無造作にメイドに向かって湯船のお湯をぶちまけた。


「ああぁつっいぃっ。あついあついっいたいっ!」


 熱湯とは言うが別に100度あるわけではない。


 それでも傷に熱い湯や冷たい水は堪える事に変わりはない。


「私がやられたのと同じくらいの温度だけどね。私はこれを幼少の頃から何度やられたか。それじゃもうわかるよね、次はたーわーし。」


 ミラは悶え苦しむメイドの手や腕に巻かれた縄を解くと、前で手首を締め直した。


 背中をゴシゴシするには腕が邪魔なのである。


「年代物の便器の汚れを落とすように、じっくりゆったりのんびりとゴシゴシしてあげるね。私は何年にも渡ってやられたけど、貴女は何年もやられるわけじゃないんだから、耐えられるよね?私よりも年上なんだし耐えられるよね?私が泣いたり止めてと言ってもやめなかったのだから、私も止めたりはしないよ。」



 タワシを背中に当てると、ゆっくりと文字を描くようになぞっていった。


「煩いね。私が痛いとか叫んだ時、貴女はメイドのくせに躾とかいって止めなかったよね。あれ、主人の家族に対して行う事ではなくってよ。私、正妻の子だから純然たる伯爵家の跡継ぎだからね。心情的に認める認めないは別にして。」



「その私に貴女達が行った事は、貴族に対する不敬でもあるの。躾というならば、今私が行ってる事こそが躾よ。」


 背中を擦るたびに新しい傷が増え、血の量が増えていく。


 湯船の周りはメイドが噴き出す血で赤く染まっているのだが、蝋燭の灯りだけのため、その変色にはいまいち気が付かない。


 5分程磨いていただろうか、ミラは早々に飽きてきていた。


「肉も抉れてえらいことになってるわね、この周辺。後で清掃する法の身にもなって欲しいわ。」


 同じような事をミラは言われた事が何度もある。あくまで因果応報、やられたらやり返せの通りであった。


「さて、この後はサービスよ。血で汚れた身体を洗ってあげる。」


 タワシを投げ捨てると、無造作にメイドの身体を持ち上げ湯船の中に放り入れる。


「あぎゃぁぁあぁぁぁあぁついっあづいっィだいっ、いたいっ!」


 空気に触れ、本来下がっているはずの湯温は、メイドが被っていた時と変化がなかった。


 ミラの聖眼により、温度が状態固定されているため、熱したりしなくても熱湯を維持していたのであった。


「溺れてしなないように固定しておくから、血を綺麗に……」


 ミラは気付いていなかった。


 血の出る傷口を水などにつけていくと、そのまま血が流れ続けるという事に。 


 湯船から暴れ出ないよう、湯船には蓋がされていた。


 肩口から上が出るように、全体が塞がれるわけではないが、ミラが固定した事でどのみち湯船から出る事は叶わないのだが。


 メイドは状態の固定を知らないため、視界による恐怖を付随させるには充分な効果であった。


「押すなよ押すなよって言ってしまいそうな状況ね。」


 蓋の上に座って顔の真っ赤になったメイドを見下ろしてミラが言った。

 

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魔眼と聖眼持ちのオッドアイの少女は迫害されて生きてきた。真っ当に育つはずもなく、復讐は徹底的に行います。 琉水 魅希 @mikirun14

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