公爵令嬢とお友達①
婚約者のアルフレッドは、季節外れの編入生に夢中らしい。
「イザベラお嬢様、大公令息は中央庭園で噂の編入生と仲良くランチをしているよ」
「いちいち教えなくていいわ」
「余計なお世話だった?」
にっこりと笑うベルに肩を竦める。
魂の契約で上書きをしてから、ベルは怖いくらいにご機嫌だ。
意味もなく私にピッタリとくっついて、髪を梳き、ネイルを整え、マッサージをしてる。ティータイムのお茶菓子はいつもより豪華で、茶葉も上級品が用意され、至れり尽くせりで大丈夫なのかと不安になる。
「大公令息も趣味が悪い。イザベラほど美しく可憐なレディはいないのに」
「貴方には私が一体どんな風に見えているのかしら。私よりも美しい女性なんて、探せばいるでしょうに」
「つまり、探さなきゃいないって言いたいんだろ?」
「ふふっ、まぁ、そうとも言うわね」
手鏡を見ながら、風で流れた前髪を整えた。
白薔薇や蒼い宝石の装飾が施された手鏡は、去年の誕生日にベルから贈られたプレゼントだ。キラキラと光をまとう手鏡は、常に持ち歩くほど気に入っている。
白薔薇とは、私、イザベラ・スカーレットを冠する花だ。
傷ひとつない真珠の肌、紅要らずの瑞々しい唇と薄紅に染まったまろい頬。透き通った空の蒼さをはめ込んだアーモンドアイは目尻が跳ねて、猫のような愛らしさがある。腰まである白銀髪は、ふわふわで緩やかな波を描いた。
一言で表せば、気の強そうな猫系美少女である。
艶めく美貌は、ベルの献身による賜物だ。
「……アルフレッド様は見た目ではなく、人の中身を見る方だから」
「なおさら見る目がないね」
フンッと鼻を鳴らしたベルに苦笑する。
私の幼少期は、子供らしさのカケラもない幼少期を過ごした。
見た目は幼女だが中身は成人している私は、我儘も癇癪もないが、頻繁に夢見の悪さで泣き喚きながら深夜に飛び起きる子供だった。
公爵家の使用人たちにとって、さぞ扱いづらいお嬢様だっただろう。目の前で母親を亡くし、腫れ物に触れるように扱われる私は、公爵家で誰にも頼れなかった。忙しい人だった父は、母を亡くしてから輪を掛けて多忙となり、声をかけることも憚られるほどだった。
悪夢に怯える日々に私は耐えられず、母が生前に教えてくれた「お友達を呼ぶおまじない」を試すことにした。
思い返せば、おまじないなんて可愛らしいものではなく、完全に悪魔召喚の儀式だ。事故に遭い、夢と現実の区別もついていなかった私に、なぜ母が悪魔召喚について知っていたのか、何を呼ぶおまじないなのかもわかるはずもない。
公爵令嬢でありながら、放置子だった私は、誰に止められることもなく、悪魔召喚を行ってヴェリアルを呼び出したのである。
『リトルレディはまるで花から生まれた子猫のようだね』
『キティ、僭越ながら、この俺とワルツを踊っていただけないか?』
『お嬢様、ティーパーティーの招待状が届いているよ』
『イザベラお嬢様、大公令息との逢瀬に着いていくドレス、これはどうだい?』
『--イザベラ。俺だけは、君をひとりにしないよ』
「イザベラお嬢様? そろそろご学友がいらっしゃるよ」
ハッとして、沈みかけていた思考を浮上させた。
不思議そうに首を傾げるベルに、「なんでもないわ」と言って、ランチのセッティングがされたテーブルを見る。
紅茶やサンドウィッチといった軽食が並び、食後のデザートまで用意されている。これからガゼを訪れるのは、最近交流を重ねている令嬢たちだ。
「そろそろ来るからね、人避けを解除するから俺は“沈む”よ」
すべてのセッティングを終えたベルがこちらを振り向く。
「起きているから、何かあったらいつでも呼んで」
チークキスをして、「Bye♪」と影にとぷんと沈んでいった。
水面のように揺らぐ影を見つめて、深く溜め息を吐き出した。
白薔薇の乙女は悪魔の腕に抱かれて眠る 白霧 雪。 @yuki1230
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