公爵令嬢と使い魔③
関しげな表情で首を傾げたベルに、頭を大きく振って否定した。
「そんなことない! 私は、ベルがいてくれたから頑張ってこれたのよ。貴方がいてくれなかったら、私は……!」
長い腕に引き寄せられて、胸の中に閉じ込められる。肺の中いっぱいに、ベルの甘いにおいを吸い込んで、頭がクラクラした。甘ったるい花の香りの奥にあるエスニックな男の匂いに、不意に羞恥心を抱く。
物心ついた頃から一緒にいたベルがいなくなるなんて、私は想像できない。
嬉しいこと、悲しいこと、恐ろしいこと、すべてをベルと共有してきた。日常生活の深いところまで侵食しているベルがいなくなったら、私はまともな生活を送れなくなるだろう。
「俺はイザベラに捨てられることが、一番恐ろしいんだ」
「捨てるわけないじゃない! ベルほ私の使い魔で、私の一番のお友達でしょう……?」
額同士がコツンと合わせられる。鼻先が触れ合い、お互いの呼吸を間近で感じた。
焦点がブレるほど近くにある真紅の瞳が、ゆるりと笑みに眇られる。
「ずっと一緒にいる約束をしよう、イザベラ」
「ずっと、一緒に?」
ニンマリと持ち上げた口角から、吸血鬼のように鋭い牙が覗く。
「俺たちを繋ぐ主従の契約は、腕利きの魔法士にかかれば簡単に断ち切れるほど、脆い繋がりだ。だけど、お互いの同意があれば、契約を塗り替えられることは知っているかい?」
「……つまり、主従の契約よりも、強固な繋がりを得られる契約で上書きをするということ?」
「さすがイザベラお嬢様! まさに、その通りさ。そうすれば、誰にも俺たちを引き離せなくなる」
「最も強い繋がりを得られる、魂の契約で上書きをするんだ」と、歌を歌うようにベルは言葉を紡いだ。
「これから俺たちが行うのは、魂を結びつける契約の儀式だ。俺の魂はイザベラのモノとなり、イザベラの魂は俺のモノになる。唯一無二で、運命共同体になれるんだ」
「デメリットは? あるんでしょう?」
「魂が結ばれるんだからね、もちろんデメリットはある。どちらが一方が死ねば、片割れも死ぬことになる。人は死ぬと魂が輪廻を巡り、新たな生を得る。だけど、魂の契約を結べば、お嬢様の魂は人の理から外れ、魂は輪廻に戻れず、転生することも叶わず、俺と共に地獄へ堕ちるのさ」
興奮した様子で、ベルは私の腰を掴んで持ち上げると、膝の上に座らせた。太ももを跨ぐように対面で座らせられ、顔を覗き込まれる。
紅い瞳が爛々と輝いて、私は目が離せなかった。
「ベ、ベル、近いわ」
「どうして? 俺たちはこれから、魂で結ばれるのに」
心底嬉しそうに笑うベルに、二の句を告げられない。私はまだ「契約する」と頷いていないのに。
良くないことだって、本当は分かってる。
ヴェリアルは悪魔で、人間を見下し、蹂躙する上位存在だ。
今思えば、悪魔と主従契約すること事態、馬鹿のすることである。それを魂まで縛る契約で上書きするなんて、絶対にしないほうがいいに決まってる。
……だけど、
「契約、するだろ?」
だけど、優しく甘い声と共に微笑みかけられたら、私はベルを拒絶できないのだ。
「…………するわ」
嘆息をこぼし、諦念を滲ませて頷いた。
「っはは、アハッ! やったぁ! これでずっと、ずっと、ずぅっと、一緒にいられるな!」
ベルがいなくなるくらいなら、私は自ら理から外れることを選ぶ。使い魔に依存しすぎている自覚はあるけれど、今更ベルと離れるなんて無理だ。
骨が軋むほど強く抱きしめられ、ベルの背中に腕を回した。肩に額を押しつけて、安堵する。ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられていた私は、ベルがどんな表情をしているのか分からなかった。
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