世界でも指折りの元パラディンは、まあまあでそこそこな人生を歩みたい

きゅうかんばー

プロローグというか前日譚

 エイゼル・アルスタインは聖権と呼ばれる権能を操る聖騎士、パラディンである。それと同時に「悪聖」という異名を持ち、十二席ある円卓の次席に座るほどの実力者だった。

 そう、だったのだ。


 時は二日前。

 南の主要都市セインブルクから更に南の前線基地フリージアに遠征へ行っていた時まで遡る。

 概要は、東西南北それぞれに存在する魔物の発生源「果て」から湧き出る魔物の討伐遠征。遠征自体は今より一月前に始まり、その間、聖騎士長であるエイゼルには聖騎士団本部から伝令の鳩が飛ばされていた。

 鳩が持たされていた手紙には教会の物である事を示す聖紋の透かし細工が施されている。つまりは、本部からの伝令に見せかけた聖騎士の元締めである教会の機密文書がエイゼル宛に送られていたのだ。

 しかし、エイゼルは何通か送られてきたその文書を総じてシカトした。

 無論、意思をもって。

 何故ならば、その文書の内容がどれもエイゼルら遠征組の帰還を促す内容のものであったからだ。

 聖騎士が持つ聖剣あるいは聖権が無ければ魔物は滅せない。それはこの世界の誰もが知っている摂理だ。要するに職務を放棄して俺らのためにわざわざ戻って来いと暗にそう言っているも同義なのである。

 

 そして、その日も前線基地に一羽の鳩が飛び込んできた。

「エイゼルさん。また教会からですぜ?」

 巾着を頭に結び、袖を肩までまくり上げた中年の伝書係がエイゼルにそう告げた。

「んなもん、縁起が悪ぃからさっさと燃やしちまえ」

 年の割に白髪をちらつかせる茶髪の男、エイゼル・アルスタイン(33)が煙草に火をつけながらそう答えた。

「はははっ。帰ったらまたマルクス枢機卿にドヤされますなぁ」

 マルクス・サンガーベ、教会から来た枢機卿である。元々は教皇からの祝辞を届ける為だけに使わされたパシリ。それがセインブルクに居座り、今や我が物顔でエイゼルに文書を送りつけている張本人である。

「あの野郎のくだらない悪巧みに付き合わされてたまるかよ。色々と筒抜けで頭にくるぜ」

「と、言いますと?」

 伝書係は分かりやすく首を傾げた。

「本部に残った留守番連中を軒並み左遷してるんだと。役職持ちに関してはクビだ、クビ」

 首を斬るジェスチャーでエイゼルは端的に状況を説明する。

「それはまた……」

「お前も、本部に帰るより故郷に帰った方が安全かもな」

「エイゼルさん、それって……」

 動揺する伝書係を他所にエイゼルは手を振って高台を後にした。

 これが二日前、夜の出来事。


 翌朝。

 決まった時間に起きた総勢百名ほどの遠征組が前線基地裏手にある広場に集められた。エイゼルはその百名ほどの正面に据えられた踏み台に立って居る。

「えー。あー」

 エイゼルの声。それが聞こえた瞬間、聖騎士達は隊列を整えエイゼルに向き直った。

「こんな朝早くに悪いな。突然だが、お前らに言わなきゃならん事がある」

『団長ッーーーー!』

 何人かの若手が揃って声をあげた。エイゼルはそれに手を振って制止する。

 そして、静まった後。

 満を持してエイゼルは要件を口にした。

「お前ら、クビな」

 驚きと動揺が広場を包む。エイゼルが発したあまりの言葉に聖騎士達は全員、声が出せずにいた。

 ……しばらくして。

『このハゲー!!!』

『老いぼれー!!!』

『オタンコナスー!!!』

 方々から罵声の嵐。

「ハゲてないわッ!ってか誰だ老いぼれって言った奴!初老もまだだわ!!!このオタンコナス!」

 全体の中空を指挿しながらエイゼルは渾身のツッコミを披露する。

「マーマー。落ち着けよな」

 そこに現れたのは、どこからともなく降ってわいた霊体の少女。

『権能、フリージア様に敬礼!』

 その少女に向かって聖騎士達は態度を一転させ、見事な敬礼を披露する。

「ウム、くるしゅうない。楽にしてよいぞ」

『ハ!!!』

 少女の言葉を皮切りに聖騎士達は敬礼を解いて、整列の姿勢を取る。

「で、なんでクビなんだエイゼル?」

『そうだ、そうだ!』

「ナイスバックアップ、フリージア」

「……いいから本題を話せヨ」

 エイゼルのサムズアップには目もくれず、フリージアと呼ばれた霊体の少女は話の続きを促した。

「んんっ、よく聞けお前ら。俺の言い方が悪かった。お前らをクビにするんじゃなくて、左遷するんだった」

『おんなじだろうが!!!』

 今度は一斉が声を揃えて反発する。

「まぁ待て、話を最後まで聞け。お前らは知らんだろうが、今セインブルクにある俺達の本部じゃとんでもないことが起こってる。マルクスの野郎が、俺の居ない間に留守番連中を解雇やら、左遷やら、やりたい放題だ。そして、俺達の遠征は明日で終わる」

「……つまり?」

 話の全貌を理解できないフリージアが霊体の体を逸らして疑問を表現した。

「つまり、多分明日で俺のパラディンの称号は剥奪されて、聖騎士長の座も返上。聖騎士団も追われる羽目になるってこと……」

「マテ、マテ。話が飛び飛びで繋がらないぞ」

 今度は両手で頭を指さしながらフリージアは、はてなを浮かべる。

「えーと、何て言えばいいんだろうな。要するに、居なくなった連中の代わりにマルクス一派が新しい聖騎士として雇われて。だから、俺が帰ってすぐに団内選挙が開かれる。そんでもって俺がクビ。そういう流れになる。これでどうだ?」

「ナルホドな。だから、クビにされる前にコイツらを知り合いの聖騎士団に押し付けて事なきを得ようってコトか」

 フリージアは納得した様になるほどと手を打った。

「……全部言うなよ。恥ずかしいだろうが」

 顔を赤らめながらエイゼルはフリージアを見る。

 対するフリージアは赤面のエイゼルをイタズラな笑みで見返していた。

『だ、団長~!!!』

「ええい、鬱陶しい!話は終わり!散れ!!!解散、解散!!!」

 追い払うかのように手を横薙ぎで振るエイゼル。その顔は先程よりも幾段か赤みを増していた。


 そして、事のほとぼりが冷めた後。

 広間にはエイゼルとフリージアの二人が残っていた。

「……悪いな。お前には最後まで付き合ってもらうぞ」

 気まずそうに話を切り出したエイゼル。やり場のない感情はエイゼルの手を動かし、こめかみの辺りを掻かせていた。

「気にすんな、ワタシはオマエの相棒じゃないか」

「……そうだな」

「それじゃ、出発か?」

 ふわりとエイゼルの正面まで移動するフリージア。彼女はなぜか嬉々とした雰囲気を孕んでいた。

「おお、行くか」

 エイゼルは馬小屋の方へと歩き出す。

 フリージアもそれに続いてふわりと浮いてから付いて行く。

「これからは、まぁまぁでそこそこな生活が送れるといいな、エイゼル?」

「……目の前は波乱万丈だけどな」

 そうして、いつもの煙草を吸いながら、一人のパラディンは帰路に着くのだった。

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世界でも指折りの元パラディンは、まあまあでそこそこな人生を歩みたい きゅうかんばー @kyukanbar

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