第3話 そして彼女はこう言った。
「―――あなたが、地球人。」
感情を表情や様子から1ミクロンも感じ取れない上、妙にスムーズに発音するのが実に不気味だ。何も言い返せずにいる俺を見て慌てもせず驚きもせず、かといって攻撃もしてこないのが一番怖い。そうだ、意思が感じ取れないからだな。言動と感情が結びついていない、だから何を考えているのかがこちらから一切読み取れなくて怖いんだ。
俺は直立不動のデッサン人形と化しながら彼女の姿を見やる。その雰囲気と場の状況からして異質であることには限りないが、その服装はどことなく見覚えがあって、洋服感を残しつつサイバーパンクに彩られている、と表現するのが適切な気もする。
「……名前は?。」
「っ!?」
「名前。」
黙りこくったまま凝視しているとそんな風に尋ねられ、更に押し黙りたくなる俺。宇宙人とはいえ意思疎通は出来るらしいことが分かって一瞬安心したが、これもこれで日本語のように聞こえる未知の言語なのかもしれない。ほら、「なまえ」とは聞こえるけど実際の意味は「殺すぞ」だったりしないか?十分ありえそうだろ。
でも、一応尋ねられたからには返すのが道理だろう……と思い、同時に宇宙人相手に道理もクソもないだろとも思いつつ、俺は「……司馬だよ」と苗字だけ答えた。フルネームじゃないのはなんとなくだ。
「シバ。良い響き」
「……それ本気で思ってんのか?」
……って、おい、刺激してどうする!!思わず疑わしくなって、つい普段のノリでツッコんでしまい焦るが、そんな俺の様子なんざ意にも介さず宇宙人は返事をしてきた。
「思ってる。本当のこと」
「お、おう……そうか」
「…………」
「…………」
いや、話さなくなってもらっても困る。宇宙人との会話の仕方とか俺知らんし。今の世の中だし、ネット検索に適当な解説記事でも出てくるか?
「……宇宙人、ってことでいいんだよな?」と訊いてみる俺。
「シバから見ればそうなる。」と宇宙人。
「凄い馴れ馴れしいな」
「じゃあ地球人。」
「………いや、シバでいいわなんか」
「シバ。良い名前してる。」
「そうかい、ありがとよ」
話してる感じ、こちらに敵意がないことは明確………だと思う。こちらのパーソナルスペースを理解しているのかじわじわと話しながら距離を縮めてくることもせず、会話も一応成立している。猿が適当にタイピングすればなんかの文章が書けるとかいうのを大昔に聞いたことがあるが、ここまで成立してていざ攻撃してきますとかはないだろう。それこそ銀河系レベルにだだっ広い宇宙の中を漂うゴマを探すのと同じような確率に決まってる。
そんなぎこちない会話を続けていると、遠くから聞き馴染のある警報音が聞こえ始めた。ドップラー効果をひっさげながら近づいてきているのが分かるそれは消防車のサイレンである。ようやく場所が分かったのか、それまでぐるぐる街を回るようにして聞こえていたのが集中してこちらの一方へ音が届き始めている。
となると……後の展開は最早お決まりか。名前があるかくらいは訊いときたかったんだがな。
「あー、どうする?お前。いつまでもここにいるわけにはいかないだろ」
「ジリ貧。残念ながら今の私には攻撃手段が認められていない。シバに縋るしかない。」
残念ながら攻撃手段がどうとか物騒なこと言うなよな。一瞬ビビって後ずさりしちまったじゃねーか。
「………しゃーないからうちの家に匿ってやるよ。極力家にはいないようにしてほしいけど、一日二日くらいならなんとかなるだろうしな」
「…………感謝する。シバ、良い人間。」
そこまで言うと、その宇宙人は突如としてバッと天空へ両腕を突き上げた状態で、俺をじっと睨みつける。なんだなんだ?仲間からの救難信号かスパイからの暗号通信でも拾ったか?お前の親玉に余計なこと言うんじゃないぞ、「この地球人はバカだからすぐ騙せた」とかってな。
「さぁ。」
「いや、さぁじゃねぇって。何してんだよ、早くこっち来いよ」
俺が手を差し伸べても微動だにしない宇宙人。数分間そんな状態が続き、しびれを切らしてそろそろ市中引き回しになろうとも力づくで連れて行こうかと悩み始めた時、彼女(?)の心理に俺はようやく気が付いた。
「………あぁ、たった今気づいたよ」
呆れて物も言えない俺は溜息交じりにそう呟く。もしかしなくともそのポーズって。
「―――だっこ。早くしないと、来る。」
いやみったらしい程生真面目な顔をして宇宙人はそう言った。はいはい、文字通り俺がおんぶにだっこすりゃいいんだろ。
◆―――――――――――――――――――――――――――◆
というわけで、人類で多分初めて宇宙人をだっこしつつかなりの距離を自転車を漕ぎ切るというギネス記録を達成しつつ、消防車に出くわすことなく無事家にたどり着いた俺は、彼女の手を引いてそぞろに気配を探りながら家の中へ入った。
出る前に食べきった皿がそのままテーブルの上に残っており、扇風機は誰を冷やすということなく寂し気にからからと音を立てて回り続けていた。くたびれて見えたような気がして可哀そうになった。電源切って出りゃよかったよ。
階段を上がる前に、小声で宇宙人に「絶対に物音を立てるな」と言伝してから二人してひっそりと部屋へ向かう様子はまさに泥棒そのものである。なんとかバレずに部屋に入ることのできた俺は、ドアの鍵を念入りに閉めてから盛大に溜息を吐いた。
「あ~………とりあえずここまで辿り着けて良かったよ。適当にそこらへんにでも座ってて」
俺がそう促すと、ちょこんと地べたに座る宇宙人。何故かカーペットの上には座らず、フローリングむき出しの床に座る辺りが常識のなさを伺わせる。彼女曰く、「ごわごわして嫌。肌が傷つく。」とのこと。特段返す言葉もないので、「………そうかよ」としか言えない自分が嫌いだ。
思えば、こいつを背負いながら自転車を漕いでいる時に少しばかり肌が触れ合った時に、人間のそれとは違って非常に繊細な滑らかさを持っているように感じた。なんというか紛れもなくツルツルで、それでいて保湿がきちんとされていて、ぺったりと肌と肌がくっつくような………なんかその………ちょっぴりエッチだ。
俺がそんな風に先ほどのことを思い出していると、意思疎通能力か意識盗聴能力でもあるのか、この宇宙人は次のように口を開いた。
「むっつりシバ。」
「う、うるせぇ!!黙ってろ―――って!」
勢いのまま怒鳴ってしまったことに気づき、慌てて口を塞ぐ。むぅ、この俺の我を忘れさせ叫ばせるとはなかなかやるな。策士と見た。
「おぶってる時、悶えてた。あれもむっつり?」
「それ以上余計なことを言ったらこの家から追い出すぞ」
今日で既に何度目だろうか。再び深い溜息を吐いて、眉間の間を指で揉む。こんな茶番をやってる暇なんかないんだ、もっと違う、色んなことを尋ねてみたいんだっての。
思ってた以上に宇宙人が結構話の通じる奴で助かったからか、それとも家について安心したからか、今頃になって出る前に食べたハンバーグやら野菜やらが食後の眠気を糧に睡魔を召喚しようとしている中、俺はそろそろ本題へと話を移すことにした。
グッバイ、エイリアン。 1985(ジュークボックス) @marumekeito
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