第2話 馬鹿と無謀と興奮と



 山に何かが落っこちた。窓の外、霞んでいる雲が揺蕩う中、見間違いでないのであればそれは確かに火を放ちながら墜落していくUFOに見えた。さっきのVTRの見過ぎなのかもしれないが、にしてもあんな明確に見えるもんなのか。

 いや、そんなこと考えている暇はない。落っこちたであろう方角を考えると、幸い民家のある住宅地ではなく普段から触られていない竹林の方に突っ込んでいる可能性が高い。燃え上がるような気配はないにしろ、もし山火事なんか起きたら冗談抜きで避難勧告が出ちまうかもな。

 家から出て自転車に飛び乗り、夏特有のうざったいくらいにぬるい空気の塊の中を突っ切るようにして竹林を目指す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」


 季節は初夏、しかもド深夜だというのに、何がどうしてこんな夏真っ盛りのような気温なんだろうね。地球温暖化がどうこうってのはよく聞くが、近いうちに太陽の仕組みをここらあたりでもう一度調べなおした方がいいのかもしれない。俺らが知らないだけで実は太陽だって病気になって熱を出すのかもしれないしな。

 やはり俺と同じようにあれを目撃した人がいるらしく、ぽつりぽつりと普段ならもう真っ暗なはずの家々は電気が灯り始めている。

 息切れしつつコーナーを曲がり、急いで竹林の入口へと向かう。夜空をふと眺めると、さっきまで夜空に浮かんでいた雲は嘘のように晴れ渡って月光が地上を照らしていた。こんなに明るい夜はないってくらい神々しい光が降り注いでいる気がする。その神々しさたるや、この不気味な状況と比べたら実に不似合い極まりない。

 UFOが落ちてきたともなれば、ついでに出てくるのはやはり宇宙人だろう。不時着してきたのがクラゲじみた火星人なのか凍てつく天王星に住むイエティみたいなヤツなのかは知らないが……そうだな、これから相まみえる可能性のある宇宙人は頼むから人型であることと日本語が話せて理解できること、危害は加えない存在であることと、えーと、他には……なんだ、ついでに言えば、美少女であってほしい。無理な願いだなんてわかっちゃいるが、まぁこれくらいの淡い期待くらいは抱かせてくれよ。

 そんなありえもしないことを無意識の内に考えてしまうほど、正直言って俺は興奮していた。別段UFOを見るのがこれが初めてであるわけでもないが、今までで一番そういった存在と関われそうな雰囲気がしていたからだ。俺がそれまで空想上のものだ、机上の空論だ、妄想の類だ、いい歳なんだからそろそろ分かれよバカ!と自分で縛り付けていた少年心が騒ぎ立てているのだ。そりゃもうアドレナリンだかフェノールフタレインだかがどぱどぱ分泌されるわけだ。

 ……ただ、後々の展開のことを考えれば、この一見どうでもいいような妄想が俺を救うと同時に長きにわたって俺を苦しめることになるのだが、それは頭の片隅にでも置いといてくれ。多分忘れた頃にここらの記憶が生きてくると思う。




◆―――――――――――――――――――――――――――◆




 話は戻り、方角を照らし合わせながら竹林の前に着いた俺は少々乱暴気味に自転車を停めて山の奥へと目を向けた。月によって照らしだされている山肌に、見えづらいが灰色の煙が立ち上っているのが目視できる。


「あれか……!!」


 当然ながら竹林の中に民家は存在しないし、幸いなことに霞を食ってる仙人だの頭がおかしくなって虎になった人だのが山に住んでいるといった前情報も存在しない為、俺はただその方角と煙だけを信じて現場へ向かうことにした。さっきのVTRを見ながら軽装備だとかぬかしてたくせして、俺も俺で寝間着にジャンパー、ついでに家から出る時にガメてきたフラッシュライトという自然を舐めすぎな装備で山の中を歩くことになってしまっている。

 はてさてここまで来ておいてなんだが、一体なんで俺はこんな血眼になって本来であればありもしないUFOなんぞを探し回っているのだろうね。自分でもよく分かってないし、昼間の自分をここに連れて来たら「何やってんだよお前、馬鹿じゃねーのさっさと寝ろ」くらいの説教は浴びせられることだろう。それでも探す脚を止めないのは、多分俺の心の奥底に眠っていた無謀な冒険心がお前なら出来ると叫んでいたのさ。誰だっていつだって心の中で幼い自分を抑え込んでいるけど、そういうのを解き放てるのってこういう時くらいだ。そうだろ?

 そんなこんなで多少の興奮と不安を交じえつつ竹林の中を捜索すること数十分、俺がフラッシュライトを横に薙いで周辺を照らした時に「それ」を発見した。


「ん?今、何か光って見えたような―――」


 瞬間、息を呑んで俺はその場に立ちすくんでしまった。

 鈍く光を発するはその半身を地面に深々と突き刺し、日頃俺が授業で使うようなフリスビーを金属製にして表裏で重ね合わせてくっつけたみたいにさも円盤チックな形をしてそこに佇んでいた。周辺には落下時に飛び散ったのであろう火の粉が未だ弱弱しく呼吸するようにして点滅させており、不思議なことにあれだけ燃え盛っていたであろう円盤は煤に覆われつつもその表面に派手な焼け跡すら見せず、その金属由来の鈍い光を静かに放つのみである。地球由来かそうでないかまでは分からずとも、どことなく異質な雰囲気を放っているように思える。

 言葉が出ない、というか、こういう時になんて言葉を発せばいいのか俺は今までの経験値をフルに思い出したとしても考えずことができずにいた。かろうじて出来たことは、ちりちりと燃え残っている草を避けつつ円盤の近くにまで歩み寄り、恐る恐るその物体に触れてみることのみである。

 正直言って、この時の俺はどうかしてた。



 ああそうさ、どうかしてたに決まってる。見たこともない物体に軽々しく触れてみるだなんてそんなことをやるのは、無謀と勇気を履き違えているような売れないディスカバリーチャンネルのYoutuberか死刑の代わりに怪しい実験を受けることを義務付けられた哀れな囚人くらいのものだ。

 そしてその代償とでも言いたげに―――円盤の奥から、機械のようなものが動く動作音が聞こえ始めたかと思った瞬間、ぱっくりと貝が開いたようにして円盤が割れると同時に、中から堰を切ったように排出された真っ青な水が辺りを浸した。そして、暗闇の奥底に浮かんでこちらを覗く紫色の双眸。


「―――……ッ!?」


 とうとう信じる信じないの話じゃなくなってしまった気がして俺は急に怖気づくと共に、もうこの先は何が起ころうとどうにもできないというある種の諦観に未来を委ねることにした。

 ここまでくれば万有引力や運動法則といったありとあらゆる有名な法則を持ってしてもこの状況と今後の展開には太刀打ちできまい。十中八九中にいるのは宇宙人かそれに類する何らかの生物、もしくは機械生命体、もしくは……ええい、とにかく何が出てこようとここまで来れば腹をくくる他ないだろう。普段ならしょうもないことをべらべらととめどなく考えられる俺だったが、あまりの緊張に声に出せそうな言葉が今の脳内メモリには一つも見当たらない。

 それまで気にしていなかった寝間着に染み込んでいたであろう汗が、突然ひんやりと夜の空気に当てられると同時に俺は目を見開いた。




◆―――――――――――――――――――――――――――◆




 月光が竹の間を縫うようにして周りを照らし、波の中を何かが歩く音と俺の心臓の鼓動だけが耳に奥に木霊す中、ゆっくりとは影の中に立ち上がりずるりと這いずるように外へ出てきて、面食らって泡を吹きつつ硬直している俺にこう発するのだった。


「―――あなたが、地球人。」


 定義づけなのか質問なのか、全くもって判断しづらい程に抑揚のない発声。言ってしまえば無機質なんだが、それでもどこか生物らしき感情を含んでいるようにも捉えられる、総じていえば何とも宇宙人らしい発音である。あと今更ながらどう聴いたって日本語だ、しかも女の声の。



 だがこの第一声が、俺と……いや、とでも言うべき宇宙人とのファーストコンタクトであり、その後俺の青春及びそれに続く人生を狂わせることになる出会いの始まりだったのである。




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