グッバイ、エイリアン。
1985(ジュークボックス)
第1話 テレビに夕飯、そしてUFO
「な~んも面白いのやってねぇなぁ……」
夜更けの10時頃、塾から両親が寝静まった家へと帰ってきた後に一人静かにハンバーグを
季節は既に初夏を迎えているらしく、夏の予兆とも言える虫の音をまばらに響かせながら熱を帯びた夜の空気がリビング一帯を温水プールのような温度感で満たしている。最高気温が三十度もあった癖して夕方にゲリラ豪雨のなり損ないみたいな夕立が降ったせいに違いないのだが、いかんせん暑すぎるので食事中でも構わず扇風機を回す始末である。個人的には料理の風味が飛ぶのであまり好きではないのだが、その代わりに熱中症になって深夜に病院へ担ぎ込まれ病室を圧迫するわけにもいかないだろう。
さてそんな話は隅っこに追いやっておくことにして、冒頭に話したテレビの話へ戻ろうか。時間が時間ということもあり、この時間帯にやってる番組はせいぜい倒産をどのようにして免れているのかが気になる通販番組か、残業終わりのサラリーマン達がこぞって見そうな大昔のロボットアニメの再放送か、ちょっぴりエッチで俺のような健全たる青少年が見るにはハレンチ過ぎるようなエロ番組くらいである。ともなれば必然的に俺が見る羽目になるのはその日の出来事をまとめたNHKの深夜ニュースくらいで、流れてくる情報もどこどこの殺人事件についてだとかどこの国とどこの国が緊張状態だとか物価高がどうだとか高校生の身からすればどうってことない暗いニュースばかりなのだが、今日ばかりは少し違って普段は見慣れないような番組がスケジュール一覧に参入していた。
オカルト番組。子供の頃は怖いもの見たさでついつい見てしまう魅力的な番組の一つである反面、大人になればネタが分かってしまっていたりどうしてもその胡散臭さに耐えられなくなって見向きもしなくなってしまう番組でもある。
中途半端にレンチンして温めたせいで生ぬるくなってしまった添え物のブロッコリーを口に運びつつ、ニュースも一通り見たのでそのチャンネルに切り替えてみる。どうやら丁度別のコーナーが始まったタイミングのようで、「UFO襲来!?不時着した謎の円盤!!」といういかにもなフォントが大きく画面を彩っていた。
UFO。UFOなぁ。ついてまわる宇宙人にしろ、どれも子供心ながら大変興味をそそられた存在の一つだったことを俺を思い出す。スーパーヒーロー、悪の組織、異世界や異能力やなんてことないラブコメのワンシーンまで、つい最近(と言っても既に1年は経過している)中学生を卒業して高校生になってからようやく俺はそういった存在がいることへの一縷の望みを諦めた。いて欲しいけどいるわけない、そういう意味では、俺もまた一人の青年として大人の階段を昇って行っているというわけなのさ。
そうそう、UFOと言えば、俺が住むこの街ではUFOの目撃情報が後を絶たないことで有名で、なんなら部活終わりの下校途中にUFOを目撃して願い事をすると叶う、だなんていう縁結びの神様も匙を投げたくなるような噂まで蔓延るくらいである。何がどうしてわざわざ異星人の他愛もない願い事をはるばる彼方からやってきたであろう宇宙人が叶えなければならないのか不思議でしょうがないが、それで無事付き合えましただなんていうカップルが大勢いるもんだから世の中どうなってんだか溜息がつきたくなる。おまけに街の老舗和菓子店が見たこともないであろう宇宙人の顔を模した気色の悪い饅頭まで売り出してるときた。これには宇宙人も目を丸くして呆れるだろう。実際のところ、目があるかどうかは知らないが。
如何にもヤラセですと言わんばかりの勢いで轟轟と火を放ちながら裏山へと飛び込むUFOを捉えたVTR。画面端で見切れた俳優が「なんだあれは!?」とお決まりのセリフを叫びながら、あからさま山奥に入るにはあまりに軽装備過ぎる服装で林の中を突っ走っていく。途中で謎の電波による機材の故障が発生するというなんともあるあるなアクシデントなんかも挟みつつ、何とかして辿り着いた一行の目の前に現れたのは絵に描いたようにUFOにしか見えない巨大な円盤だった。もし本当にこんなことが起きたのであれば今すぐ警察にでも通報して近隣住民への避難勧告を要請し、自衛隊が戦車でも引っ張り出してくるべき事案なのだろうが、残念ながらそこまで大事になるはずもなく、円盤の中からホームセンターで買ってきたような安っぽいホースらしき数本の触手に俳優が悲鳴を上げたところでそのVTRは途切れた。
まぁ、なんだかんだ言ってこういう番組は嫌いじゃない。好きとまではいかないが、こうして一人虚しく夕飯を取る最中に見るものとしては選択肢のうちの一つに入れてもいいものではないだろうか。小気味良いふざけたジョーク程度のものだと思えばいいのだよ。
他愛もないことを高校生ながら偉そうに考えつつ箸を置き、ふと時間が気になって掛け時計を見ようと壁の方に目をやった、その時だった。
――――――凄まじい勢いを持った火の球が、窓の奥にある黒洞々たる一面の闇夜の中を駆け抜けていった。
「……は?」
そんな俺の間抜けな言葉が口から零れ落ちる間にも加速しているのか、目でも追えない速度で窓の外へと消える火球。眩いくらいに光り輝いていたそれが消えて間もなく、そう遠くないところから響いたであろう衝撃とその音が地面を伝って俺の中で震え切った。
……まさかとは思うが、今落っこちたのがUFOなんかじゃあるまいな?
俺はそれまでぐだぐだ食べ残していたハンバーグの欠片やくたくたになったにんじんを一気に頬の中へと搔き込み、玄関にかけておいたジャンパーを寝間着の上に羽織って家の外へと飛び出した。
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