突撃! 激突ヒッチハイク!

渡貫とゐち

ホームステイ中……


 朝、食卓に顔を出すと、ホームステイ中の金髪少女がエプロンを付けて出迎えてくれた。

 彼女はおれを見て、ぱぁっと顔を明るくさせて、


「おはよう、はると!」


「ああ、おはよう、サニア」


 テーブルには既に朝食が準備されていた。

 サニアの郷土料理ではなく、がっつり日本食だ。

 食べ飽きた白米に味噌汁、焼き魚……朝からちょっと重いんじゃないか? と思ったものだが、全品、分量が夕飯より少ないので意外と食べ切れてしまう。


 ホームステイを始めて一ヵ月……サニアも慣れてきたらしい。

 料理の腕前は順調に上がっている。箸の使い方だけまだおぼつかないが……彼女のセンスならいずれ日本人並みに扱えるようになるだろう。


「はると。ご飯にする? それともお風呂? はっ!? それとも――」

「朝飯」

「もうっ、最後まで言わせてよっ」


「飯以外のことをしてたら学校に遅刻するだろ。ほら、サニアも一緒に食べようぜ……洗い物なんか後でいいから」


 置いておけば、昼間に帰ってくる母さんが引き継いでくれるはずだ。

 サニアが対面に座る。

 両手を合わせて声を揃え――『いただきます』


 テレビから流れてくる天気予報の声を聞きながら、朝食を食べ進める。

 なんとなしに呟いた一言に、サニアが耳ざとく気づいた。


「はぁ。曲がり角で美少女とぶつかって、ラブコメが始まればいいのになあ……」


 出会いがない。

 なければ、ラブコメなんて始まりようがないのだ。


「む。ラブコメなら、ほらっ、今だってしてるでしょう?」


「サニアとラブコメ? ……ははっ、ないない。これはラブコメじゃないんだよ。一緒に食卓を囲んで飯を食べる……これはもう家族コメディだ」


 サニアとの距離が近くなってしまったのだ。

 ホームステイ初日は、サニアの文化の違いで、おれの入浴中に突撃してきたり、ベッドの中に潜り込んできたりとドキドキしたものだが、一ヵ月も経てば慣れてしまった……。


 サニアのことはもう妹のようにしか思えない。

 近過ぎるがゆえに、サニアとの間にラブコメは発生しないのだ。


「じゃ、じゃあっ、こんど曲がり角で狙いすまして、はるとにどんとぶつかってあげる! そうすればラブコメになるんでしょ?」


「狙ってぶつかったら意味ないだろ。偶然ぶつかって、お互いに相手を慮るから次の展開があるんだから。今のサニアとぶつかってもドキドキしないし、『ごめん』で済んで終わりだよ」


「でも……ぶつかって、わたしが怪我したら責任取ってくれる……?」


 そっちからぶつかってきておいて……?

 潤んだ瞳で期待しているみたいだけど、やり方は卑怯以外のなにものでもない。


「本当に偶然、ぶつかったならな。わざとぶつかってきておれに責任を求めたら、それはただの当たり屋だ。……責任なんて一切取らないからな?」


 潤んだ瞳が一瞬で渇き、サニアは分かりやすくそっぽを向いて不満そうだ。

 ちらちら、とこっちを見てくるが、譲歩はしない。


「手、止まってるぞ。早く食べないと遅刻するからな?」


「あっ、待ってはると! すぐ食べるから!」


 がちゃがちゃ!? とまだおぼつかない箸の持ち方で、彼女は食べるのに苦戦していた。

 まだ出発まで少し時間があるから大丈夫、と伝え、サニアを落ち着かせる。いじわるで急かしたけど、ここまで焦るとは想定外だった。


 その後、ペースは遅いが全て食べ切り、お皿をシンクへ運ぶ。


 意外と時間がかかってしまった。

 学校まで走る必要はないが、早歩きで少し時間的に余裕が生まれる具合だった。


「ねえ、はると……女子高生は食パンをくわえて、走って登校するの?」


「昔はそうだったのかもな。まあ、あれはイメージだけの話って気もするが……アニメやドラマで印象的だったからそれが主流おうどうになったんだと思う」


「そっか……やっぱり。だってそんな人、まだ見たことないもん」


「おれも見たことないな。今後もないんじゃないか?」


 パンではなく、ゼリー飲料を飲みながら、であれば見たことあるが。


 思えば、急いでいる時に食べにくい食パンは食べない気がする……まあ、それしかなければ口に入れることはあるかもしれないが。

 だとしても、飲み物が欲しくなるようなものを走りながらは食べない気がする――――



「はっ!」


「はると? どうしたの……忘れ物?」


「胸騒ぎがする……次の交差点に、出会いが近づいてきている気がする!」


 女の子だ。

 誰かとぶつかるために走っているような女子が近づいてきているという胸騒ぎだ。


「……また予知夢を見たの? でも、はるとは覚えてないんでしょ?」


 サニアの言う通り、予知夢を見たのだろうけど、おれはそれを覚えていない。

 だけど交差点で美少女とぶつかり、ラブコメになる予知夢を見たからこそ、おれは朝、思わず呟いていたのだろう。なにもなくあんなことを呟くはずがないのだから。


 そして、しばらくすると十字路に女子が出てきた。部活の朝練中……、ランニングをしている美少女だ。

 なるほど……部活であれば後続がいるはず……。

 ここでぶつかることで、おれはラブコメを始められるということだな!?


「このルートを走っているってことは…………近くの女子高の子か!」

「……さっき、はるとがわざとぶつかるのはダメだって言ってたのに……」


「大丈夫だ、おれだって、わざとじゃない。ぶつかりたいなあ、と期待していても、ぶつかりにいくわけじゃないんだからな。意図的と予想は違う」


「どこがどう違うの?」

「ホームステイのサニアにはまだ難しいよ」


 無自覚に突き放してしまった言い方に、サニアが頬を膨らませていたけど、ご機嫌を取っている間にラブコメが逃げてしまう。今はサニアのことはあと回しにする。


「まあ、全部違うよ」


 おれルールだけどな。



「よしっ、やってこい美少女! 掴んでやるぞラブコメ!!」


 期待をして十字路に突っ込んだ。多少は片方へ重心を寄せることで、ぶつかっても大怪我にはならないように――――だけど、気づけばおれは宙を舞っていた。


 砲丸投げ以上に飛んでいるのでは?


 受け身も取れずにアスファルトに叩きつけられ、転がる。回転する視界が止まってから見えたのは…………小さめのトラック、と……助手席には、美少女。


 食パンを口にくわえた――だ。


 運転手が近づいてくる。中年男性はパニックになりながらも電話をしてくれていた……今のところ痛みはないが、救急車かな…………ああ。


 さすがに、ここからラブコメは始まらない……。


 これは、おれが全面的に悪い交通事故だ。

 あとはこっちでやります、とは言えず、体が動かない。


 血は出てる? 骨は折れてるみたいだが……。



 食パンをくわえていた美少女はおれをまたぐように素通りし、別の道に走っていた車を止めて乗り込んだ…………ヒッチハイク?


 通学にヒッチハイクを使っているのか……?



「――私の声が聞こえますか? 意識はありますか?」


 声をかけてくれたのは駆け付けた救急隊員だった。

 若く見えるお兄さんが丁寧に、でも大胆におれを担架に乗せていく。


 おれは、朦朧とする意識の中で、感覚がないけど確かに上がった手を、救急隊員に伸ばす。

 声は、なんとか出た。


「び、びょう、いん、まで……、乗せ、てって、ください……、ひっち、はいく、で……」


「元より、我々はそのつもりです。行き先も他にないでしょう」


 ――運ばれていく中で、サニアが見えた。

 彼女は大粒の涙を流して、不安でいっぱいっぱいに見えた。


 悪いことしたな……不安がらせてしまった。

 ただでさえホームステイで不安だと言うのに……。

 おれの、ラブコメがしたいなんてわがままに付き合わせたばかりに…………


 サニア、少しの間、待っていてくれ。

 という声にならないメッセージを、目を合わせることで伝え――――


 伝われば、いいけど……。



「うん、わたしに任せて。入院中のお世話はわたしがやるから。――ここから先のリハビリラブコメは、わたしだけのものっ!」



 美少女とぶつかり、ラブコメが発生する――ことはなかった。

 そもそも、おれには得られないシチュエーションなのかもしれない。


 ラブコメはひとりにひとつ、であれば…………



 おれには既に、自覚がなくともホームステイラブコメが発生してしまっていたから……。


 まだ、新しいラブコメは始まらない、のかもしれない。



 …了

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