少年編 アメリア⑦

 発砲音。

 それに呼応するような悲鳴。

 

 雪崩れるようにしてホテルから逃げ出る人たちの波を掻き分ける。

 ぬかるんだ道路のせいで、泥がこびりついた靴が異様に重たい。

 鼓膜を叩きつけるように跳ねる心臓の音が、ただでさえ焦る心を容赦なく加速させる。


 ホテルでの爆発。

 それは俺にとってのみではなく、対峙していたリアンナにとっても想定外のことであったようだ。


 もはや戦っている場合ではないという考えもお互い一致し、二人して来た道を辿ってホテルへと向かう。

 ……もっとも、さすがの身体能力というべきか、飛ぶようにして走り去ったリアンナはすでにホテルに到着していてもおかしくないが。


 ホテルに近づくにつれて避難者たちの波がおさまる。


 狂乱喧騒の代わりに、物々しい雰囲気がホテルの周辺を包み込んでいる。

 まだ警察――守護騎士団の姿はないが、代わりにホテルのエントランスの内外には軽装の鎧を着た人影が、警戒態勢を敷くようにして立っている。

 統一されたような外見ではなく、さらにその物々しい様子からして、ホテルのセキュリティではないだろうことが伺える。……爆発の元凶になった人たちか……?

 そうであるなら、できれば彼らに気づかれないようにしてホテル内に侵入したいものだが……、残念ながら俺は首都ホテルの構造も知らいし、目の前にあるメインエントランス以外の入り口も見当たらない。


 虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うし、もしかしたら彼らが野良のセキュリティで、すんなりと入れるかもしれないし。

 などと自分で言っていてよくわからないことを思いながら、同じ紺色のプロテクターを身につけた二人が待つエントランスに向かう。


「ん? なんだこのガキ?」

「……」


 言いつつこちらに詰め寄る男――仮にAとでも呼ぼう。

 こちらに構えるように持っている武器は……ボウガン? これまたニッチな装備を……。

 対して静かに佇む男――Bとしよう。


「このホテルに用だ」(通してください)

「来てもらったところ悪ぃが、もう閉店セールも終わって店ぇ畳んでんだ。いくら待ってもまたのご来店は出来ねぇからさっさと帰りな」

「何を寝言言っている?」(どういうことだ?)


 などとこの口はまたもや挑発するような言葉を発する。


 ……相手の言葉遣いからしても、ホテルのセキュリティではないようだ。おそらくは敵対する可能性が高い。

 うまくいきそうにない交渉に対する絶望感からか、胸部がキリキリと痛む。


「あァ? ナメてンのか、あァア!?」

「吠えるしか能はないのか、虫ケラめ」

「虫ケラだと!?」

「貴様の目の前に立つが誰か、格の違いすら分からんのか!?」

「あァアア!?」

 

 無駄な戦闘はしたくないと思っていたが……。

 勝手に喋り始めた俺の口から出た言葉で、交渉の余地が完全に無くなっただろう。

 腰に下げた直剣に手を伸ばし、半ば諦めに近いことを考えていると、


「ククッ……。ははッ、ガキのくせして肝が据わってんな、お前」


 と、先ほど威嚇するような声をあげていたAは、なぜかカラッとした笑顔を向けて来た。

 あれ……?

 思ったより好印象だった……?


「コイツは将来立派な傭兵になるんじゃねぇか?」


 ボウガンの構えを解きながら、AはBに話しかける。

 対してBは、


「……はぁ。年端も行かない子供を修羅の道に誘うつもりかい?」


 男にしては少しばかり高い澄んだ声音で答えた。

 最初から背負っていた大型の十字型レイピアを、構えようともしなかったBは俺を見下ろしながら続ける。


「だけど、キミも硝煙の運命にあるようだね」


 少しばかり哀しむように語るB。


「哀憐のつもりか貴様?」

「……いいや、キミの場合はどうやらそれが本望のようだ」


 などとキザったいセリフを吐くB。物騒なプロテクターではなく、俺が着てきたような貴族服にでも身を包めば、大層立派な王子様になれそうだ。

 というか、硝煙の運命が本望とかやめてくれ。


「あれ? お前、腕はどうしたんだ?」


 そう尋ねてくるA。

 貴族服をちぎって、出血を一時的に止めるために巻きつけていたところだ。


「リアンナとかいう三下を相手してきた。卑怯な手に僅かばかり不覚をとっただけだ」(色々あった)


 その色々をここで言いたくはなかったけど。あと、不覚どころか一方的にボコられただけだけど。


「リアンナって、あの騎士団長か。やるねぇ〜。ひょっとしてお前さん、お兄さんじゃ相手にならないくらい強いの?」

「わざわざ言わないといけないのか?」(知らないよ)

「ひゅう〜。お兄さん怖くてちびりそうだぜ」

「……御託はもう十分だ。通させてもらうぞ」(そこを通してください)


 とりあえず、今のところは彼らに構っている暇はない。

 最後に言葉でお願いして、ダメだったら無理にでも押し通ろう。

 と、限りなく低い可能性に、最後の賭けをすることにしたのだが、

 

「ああ、いいぜ」


 Aはあっさりと道を譲ってくれた。

 ……。

 え?


「正気か?」


 呆気に取られていたのは俺だけではなかったようだ。

 驚いたように声を上げるB。


「なーに、俺たちに出された命令は入り口の見張りだろ? 誰も入れるなだなんて、言われちゃいねぇだろうが」

「……屁理屈もいいところだね」

「……ガキとは言え、あのリアンナ相手に生き残ったやつを相手するには、ちっとばっかし給金がたりねぇとは思わねえか?」

「小悪党め……、だけど言い分自体は間違いないね」


 なんだかいい方向で勘違いしてくれている。

 あれ? お前俺の口が役に立つことってあるの??

 

「今日は特別に気分がいいんだ。それに、悪党が物分かりいいってのは似合わねぇだろ?」

「要らぬ叱責を受けるのは勘弁願いたいものだが……」


 なぜか俺のことを積極的に見逃そうとするA。

 彼にそんなことをする理由があるとは思えないのだが……。


「でも、キミが気分がいいというのなら、僕は何も言うまい」


 Aと同じく、Bも俺の道を開けた。

 Aの意思を尊重したようだが……。

 

 一応は素直に譲られた道を進もう。

 いきなり背後から襲い掛かられても対応できるように、細心の注意を払いながら……。


「そういえば、名前聞いてなかったな」


 Aが通り過ぎる俺に問う。


「ベリアル・ナイトフォールだ。貴様らとは住む世界が違う伯爵だ」(ベリアルだ)


 意図してナイトフォール家であることを隠そうと思ったが、残念ながらできなかった。

 ……これで家の方に迷惑がかからなければいいのだけど。

 

「ふーん、貴族サマの坊ちゃんが夜遊びとは、世も末だねぇ。俺は大陸で名を轟かせる傭兵軍、黒獅子連隊のヴァイスだ。路頭に迷ったら黒獅子に来いよ」

「キミの名前を言ったところで取り次いでもらえるとは思えないがね」

「うるせえ。そのうち小隊長になるんだよ」


 そんなことを侃侃諤諤と言い合う彼らに、


「その名、覚えておいてやる」(覚えておく)


 返答して、俺はホテル内部へと足を進めた。


 †

 彼と別れて、……いや、彼から逃げて、私が向かったのは首都ホテルでした。

 革命前のオルディア王国時代から存在するホテルで、その昔は王家の所有物だったのですが、現在はクレイトン商会の傘下のホテルです。

 数十度と泊まらせていただいたこともあって、従業員の皆さんとも仲良くさせていただいており、時たま私の隠れ家のように嫌なことがあった時に逃げる場所です。


 一人になれる場所。

 誰にも見つからない場所。

 だからいつものようにここにやってきたのですが……。


「……」


 ここに来てしまったことを少し後悔してしまいました。

 ホテリエさんに融通してもらった一室のベッドで仰向けになりながら天井を見上げるのですが。

 なぜか心のざわめきは止まりません。

 いつもなら、この静かな部屋で嫌なことを忘れて、心地よいベッドの上で眠ってしまうのですが……。


「……ッ」


 今日は眠れそうにありませんでした。

 起き上がりながら、窓から見える雨空を睨みながら、……今の気持ちの整理をつけようとしてみます。

 私は……。

 私は、ベリアルのことが嫌い。

 大嫌い。

 

 口が悪いところも。

 傍若無人な態度も。

 家族に迷惑をかけるところも。

 いつも怒っているような表情も。

 私をめちゃくちゃにしようとしたことも。


 私がナイトフォール家にいる間。

 どれほど私が心細かったのか。

 ベリアルは絶対にわかってない。

 どれほど私が怖かったのかも。

 だから、大嫌い!

 

 学院のことを私に言わないところも。

 結局私に何もしない嘘つきなところも。

 みんなを騙して陰で頑張っているところも。

 兄に誤解されても気にしないところも。


 なんでそんな格好を付けたがるのか私にはわからない。

 男の子だから? そんなレベルじゃない。

 苦行が好きなだけ? マゾヒストってやつ?

 知らない! わけがわからない!


 と、私が枕をベリアルに見立ててボコボコに殴っていたとき、


「アメリア?」


 部屋のドアが開き。

 そこには久しく見ていない人の姿が。


「お母さん?」


 このホテルのオーナーが入ってきた――、


 ――直後、下の階から爆発音がしました。


 思わず顔を手で覆い。

 そんな私を、お母さんは走り寄るようにして抱きしめ、


「大丈夫よ、アメリア!」


 と耳元で言いました。


 ……ナイトフォール家に行く前ならば、前後不覚になっただろう私は、母の胸の暖かさに安心感を得ていたところでしたが……。


「大丈夫、お母さん。私は大丈夫」


 喜ぶべきか哀しむべきか。

 ナイトフォール家に行ってから、私は随分と図太くなってしまったようです。

 それとも、お母さんが一生懸命私を守るように、足を震わせながらも私を抱きしめているから、逆に冷静でいられたのでしょうか。


「お母さん、落ち着いて」

「アメリア……」


 か弱い声音に、私はお母さんの背中をさすりながら、できるだけ落ち着いた声で言いました。


「私は大丈夫。それよりも、早く一緒にここから逃げよ」

「あ、……うん」


 そして私たちが部屋から出ようとしたとき、


「お、空いてるじゃねェか!」


 茶色の旅装束をした男が曲剣を片手に部屋にへ押し入ってきました。


『こちら司令部、エレノア・クレイトンを発見次第、生きたまま確保し、屋上に連行せよ。繰り返す、生きたまま確保し、屋上に連行せよ。以上』


 その男の腰にぶら下がっていた最近魔導技術で開発された小型無線通信機からそんな声が。


 エレノア・クレイトン。

 私のお母さんの名前。

 生きたまま確保し……、屋上へ連行!?

 

「チッ! うるせえんだよ!」


 癇癪を起こしながら、その男は通信機を持ち上げて振り下ろし、床に叩きつけたのちに踏み壊しました。

 そして未だにブスブスと音が未だに鳴り続ける通信機をさらに数度踏み抜き、完全にスクラップになったと確認すると、私たちを舐め回すような視線を送ってきます。


「エレノア・クレイトンってのはァ、ここにはいねェみたいだなァ! なァ、てめェらもそうは思わねェか?」


 血走った目の男の前に、お母さんは私を守るようにして立ちます。


「何のつもりかしら?」

 

 その間に私は急いで、悟られないように周りを確認します。

 何か。

 何か、目の前の男から身を守れる武器がないと!


「ま、テメエがエレノア・クレイトンだとしても変わらンが……、おい!」

「ッ!」


 叫ばれたことで体がビクッと跳ねてしまいました。

 ……ですが、どうやら私の企みがバレた様子ではないようです。


「こんなクソみてェな仕事を、タダ同然で引き受けねェといけなかったのは、マァジで頭に来たンだよ」

「そう? 私が雇い直してあげてもいいわよ?」

「あァ……? ……それも悪かァねェが、辞めとくわ」


 ナイトフォール家の鍛錬場とは違い、ここには剣などは置いていない。そもそもホテルの客室に武器が置いてあるはずもない。

 だったら、どうしたら……!


「金貨100枚程度なら払えるわよ?」

「違ェ違ェ。金額の問題じゃァねェンだ」

「だったら、何が欲しいのかしら? 自慢じゃないけど、貴方が想像できる程度の富なら準備できるわ」


 焦りながら壁を見回したところ……。

 これなら……!

 多少耐久度に不安はありますが……。


「金の問題じゃねェつってンだろうがァ!」

「……」

「俺はなァ、一度でいいから――人妻をブチ犯したかったンだよ」


 気が狂ったように、口から涎を垂らしながら、曲剣を持った男は下衆な語りを続けます。


「娘の前で、号泣する女を、死ぬまで犯すんだよ……。わかるかァ?」

「……わかりたくもないわね」

「ワクワクするじゃねェか。まずはテメエの四肢を折ってやる。指を一本ずつ折ってからなァ! それでそこのガキも同じように……いやァ? そのガキは両手両足ちぎってやる」


 あり得ない猟奇的なことを口走りながら、頬を赤く染める男。

 考えるだけでも悪寒がするような話をできる限り意識の外に追い出して、男が隙を見せる瞬間を待ちます。


「そンで、お前の眼球を潰して、ガキからちぎり取った手で穿り出してから◯◯◯をぶち込んでやる!!」

「……随分と素敵なことを考えているのね」

「あァ、そうだろ? ククッ……。ははッ! ガキのハラワタをケツからぶっこぬいて、それでテメエの首を絞めながら孕ませてやるよォ!!」


 そう叫び、お母さんに飛びかかろうとする男。

 同時に私も動き出す!

 最短距離で壁に下げてある燭台に手を伸ばし!


「ふんッ!」


 勢いよく根本から抜き取る!

 触り心地からして、期待通りの耐久性はありそうな金属製だ。


 これだったら――!


 伊達に私もベリアルと一ヶ月近く鍛えていたわけじゃない!

 私はもうただの小娘じゃない。

 油断し切った目の前の男くらい、なんとかして見せる!


「はぁあああ!!」


 叫びながら男の顔――目玉に目掛けて振り下ろす!

 このままいけば、男にただでは済まない!

 

 だけど――、


「アメリア!!」


 私だけでも逃がそうとしただろうお母さんが、私を部屋の外に向かって勢いよく突き飛ばし――。

 ガッシャン!! と音を立てて燭台は男の後ろの地面に突き刺さり――。


「あァ?」


 私の企みが失敗したことに気づいた男が振り返り――。


「――!!」


 地面に刺さった燭台を抜き取って、再び抵抗を試みようとした私を――。


「おらァ!!」


 男は力の限りに蹴飛ばした。


「がッは――!!」


 壁に叩きつけられ、肺にあった息が全て強制的に吐き出される。

 空気を欲する体が息を吸おうとするも、肋骨の歪みからかうまく吸い上げられない。

 

「ゲホッ、ゲホ……ッ!」


 なんとか咳をするのが限界で……!


「あーあ。残念だったねェ〜! お母さん守れなかったねェ〜」


 そんな声を上げながら、男は私が使った燭台を地面から引き抜くと、


「予定変更ォ〜。まずはァ、眼球を抉り出してやるゥ〜」


 振り下ろした――。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 悲鳴が――。

 鮮血が――。




††††††††††††


 大ピーンチ!! 本格的に凌辱ゲーが登場人物に牙を剥き始めたところですね。


 もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけたら、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!

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尊大不遜系貴族悪役による凌辱ゲーの壊し方 全自動髭剃り @reckyset

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