United SONgs!

Noname:←

記憶の消失

 俺が何者なのか、そもそも一人称は俺だったか?そんなことを気付いたときには考えていた。

 小さな背中を追い掛けている。棒になった足を前に出す作業を繰り返す、かなり極限な状況で、俺は記憶を失ったようだ。

 前の男がしゃがんだ。そして目線は変えず、ハンドサインを出す。

 "しゃがめ"、だ。

 それは分かった。自分の中に人間社会で生きられる程度の記憶は残っているようだ。

 疲労から震える膝を押さえ、息を殺して姿勢を低くする。

 ズボンは傷だらけだった。お洒落なダメージと云うより、出血を応急処置した様な、ガサツな縦に長い傷だった。

 俺はどれだけ過酷な道を歩いたのだろう。

 前の男は鼻歌一つ歌いそうなほど平穏で、革靴を磨いていた。

 「一つ、質問しても、いいですか?」

 勇気を出して喋ると、俺は図体に合わず、少年の様な声質をしていた。

 「水を飲んでから喋った方が、更に良い。水は低い位置へと流れるが、上昇していく俺達に反作用を与えてくれる」

 ベルトで固定してある竹筒が、俺の水筒らしい。卒業証書の様にフタを回して開ける。

 ……川のせせらぎが聞こえてくるような飲み心地だった。体が冷静に高揚していく。

 「それで、質問は?別に一つじゃなくてもいいけど」

 「……怖い質問をしますが、俺は誰なんですか?あなたとはどう云う関係で、俺達はどこへ向かっているんですか?……記憶が、ないんです

……。」

 男は、俺のとは少しデザインの違う竹の水筒を呷り、ゆっくりと答えてくれた。

 「質問を同時に複数してきたが、何を知りたいのか、とても聞き取りやすかった。君への期待が深まった。それが、俺達の関係だ。お互い、名は明かさず、ここまで来た。上司の推薦で君が派遣されたらしいから、俺は君に期待している。そして、その期待は先程深まった」

 淡々と言葉を紡ぐが、両手は苛々と、水筒の栓を閉めるのに苦労していた。

 「どこに向かっているか、も訊いたな?今向かっている場所に名前はない。ただ、向かうべき位置は俺が知っている」

 男は胡座をかき、靴を左右入れ替えた。

 「君はどんな能力を持っているのか、そろそろ訊いてもいいんじゃないかい?」

 「ごめんなさい。それが思い出せない」

 パンッと云う音がして、背中に熱が走る。火薬の匂いがする。

 真剣に謝ろうと、任務中に記憶を失うなど、言語道断なのだ。

 「まずい、まずい、まずい!」

 男は俺の肩を揺さぶり、しかし瞳孔は鋭く、油断なく、周囲を見張っていた。

 「何か、敵の能力による妨害を受けているのかもしれない。……そうだ!楽器!お前の荷物に楽器はないか?それがあれば……」

 「楽器?特には……」

 男が腰を浮かす。俺のバッグを取り上げ、中を漁る。

 しかし、予備の水筒と食料しか入っていなかった。

 こんな状況だが、今訊かないといけないことが一つ増えた。

 「ミスター、脚のそのツタ植物はいつから這っていましたか?」

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