アリス喰うべし

もし我に牝狼めろうのあらばアリスとう名をくれてやらん アリス喰うべし


都会でもノイズキャンセルイヤホンで血潮が「コポ」と流れ静もる


ただ一人踊るその人バレリーノ瞳の中の劇場にのみ


傷口の癒着つながりくさびらとなった女王――鏡花忌日に


家系図は茸のような形してあるいは顕微鏡のvirusヴァイラス


鬱悶の果てなる雪に足跡をはじめて付けた少年の君


たま冴ゆるまでの憂鬱豺狼の吠ゆる荒野にあれ立たましも


やまいぬの飢えもて猟書せるときに血の飢え満ちて真昼野の月


黒鍵のキイは跳ね上ぐ 女王をくびる歌曲を捧げなんいざ


『たましひの薄衣』あり 花布はなぎれの黒さの意味で刺すパインアメ


はじまりがおわりとなった密会のようなあなたの愛書に触れる


桜より麗句があった亡国と――亡国と呼べ我がありようを


弑逆の美辞が育てた若木らが天を衝く時星は凶兆


弑逆の権利地に満つ王一人愛したはずの雨に打たれき


弑逆は弱き者のみなせるわざ 百顆柘榴を飲めども成せず


失語せる少女の歌は世にあらず ただ世を呪うゆえに美し


青春は世を呪いつつ眠りたり お前の墓に銘は要らない


若死にをせんためしき名をたもれ 芙蓉のごとく世を恨ままし


ヴィオロンは人に似たるということを厭いカプリスするパガニーニ


「タブローはみな滅びの意」友は言い 不思議に笑んだ人妻まりあ


尖塔の歩哨にありし先つ世でシュトーレンとは県庁所在地


歌うこと、銀の層を成しながら内に空虚を保った真珠


川野芽生「うすくうすく切るシュトレン 痛点をあまねく浮かべこの肉体よ」(『星の嵌め殺し』河出書房新社、二◯二四年「痛点とシュトレン」)


狂人とそしられてあれピアニスト、痛点の数忘れずにあれ


サンソン・フランソワに

酔いどれの指にて弾かるミロワール、あわせ鏡は極細の空


石化せる兄の指先白くして割れ目に走る我が愛の数


虚像なる世に有り吾はしろたえの魚を投ぐよ 貴石に変ず


うつつとは夢の反復ドラゴンを未だ見ざるは夢の罪科つみとが


珍蘭や奇蘭なる語の隣には短歌芸術控えてござる


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駄目な歌を置くところ「人形供養」 妄想機械零零號 @rerego

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