第14話 魔女の修行 前編
「………………うわぁぁぁああぁぁぁぁぁっっっ!!!」
エメロードの風魔法によって大空に飛ばされた俺は、真っ逆さまに"霧の森"の中に落下していく。
「
地面に衝突する寸前、どうにか風魔法で受け身を取ることに成功する。
……ったく、滅茶苦茶過ぎんだろ、あのババア!!
予告も無しに、いきなり人を吹っ飛ばしやがって。
だが、愚痴を言っている暇は無い。
時間が経てば経つほど、生還の可能性が遠ざかる。
そう考えた俺は、霧が立ち込める森の中を一人で駆け抜けていく。
目指すはエメロードの待つ家ではあるのだが、霧が深くて方向感覚が失われ、日光すらも頼りないこの森において、ゴールに辿り着くのは至難の業だ。
おまけに――
「ガルルルゥ……!」
俺がこの森に入った直後に襲われたように、ここは獣達の巣窟でもある。
クマにトラ、イノシシにオオカミ、ヘビに毒グモなど危険な動物も数多棲息している。
「
俺は目の前に現れたクマを風の刃で傷つけると、クマは敵わぬ相手と見たか尻尾を巻いて逃げ出した。
どうして俺がこんな目に遭っているのかといえば、話は今朝の食後にまで遡る。
◇ ◇ ◇
「俺を弟子にって……本気か?」
閉じている左目をうっかり開けてしまいそうになるくらい、俺はエメロードの言葉に驚愕していた。
「私は魔法の才ある者を捨て置かない。私に次ぐほどの魔力を有しているとなれば、尚更だろう」
「いや、でもな……」
俺はグランレストの敵国であるガスティア皇国の人間である。
しかも、棄てられたとはいえ皇族の出身だ。
そんな俺がグランレストの"霧の魔女"に弟子入りだなんて――
「あら、素敵ですね! じゃあ、ゼフィール君はわたしの弟弟子になるんですねっ」
ローレットの場違いなほどに弾んだ声が、少しばかり耳障りだった。
「別に弟子になりたくないというのなら、私はそれでも構わない。但し、その場合はこの国の人間の誰もがお前の正体を知ることになるだろう」
魔女め、人の足元を見やがって……
「……一応訊いておくが、グランレストの女王ってどんなヤツなんだ?」
「どんな、と言われてもな。私は今の女王に直接会ったことはない。ローレットは?」
「わたしもお会いしたことはありませんが、とても心優しいお方だと伺っています。今回の戦争でも、国民に多大な犠牲が出たことにひどく心を痛めていらっしゃるとか……」
心を痛めるくらいなら最初っから戦争なんかするなよ、と思うのは俺だけですかそうですか。
実際問題、マーラントが落とされた次はグランレストの番になるのは疑いないのだから、
ちなみに、この世界において国家の統治者は全て女性である。
ゆえに、女王や女皇という表現は厳密には正しくなく、彼女らは自身を王や皇帝と称す。
統治者=女性であるのが明白なのに、わざわざ女王と名乗る必要性がないからな。
それを女王や女皇と言っているように聞こえるのは、そっちの方が前世の記憶を持つ俺にとってわかりやすいから、そう翻訳しているに過ぎない。
「エメロードは俺を弟子にして何をさせたいんだ?」
俺の質問に対し、エメロードはやや間を置いてからこう答えた。
「私は、見てみたいのだ」
「見たい? 何を?」
「男で唯一魔法が使えるお前という存在が、一体この社会を――いや、この世界をどう変えるのかを、な」
……大袈裟過ぎるだろ、そんなもん。
いくら魔法が使えた所で、たった一人の子供が変えられる程、世界は甘くない。
「さすがはエメロード先生ですね! そこまで未来を見据えていたなんて!」
ローレットの能天気さが羨ましいわ。
「期待が重すぎる。俺はそんなに出来は良くないぞ」
「ゼフィール君? こう言っては何だけれど、あなたは先生に選ばれたのですよ? その先生の弟子となれたのなら、超一流の魔法使いを約束されたも同然ですっ」
なぜかローレットは自信たっぷりに胸をのけ反らせていた。
しかし、その言葉が正しいとするなら、ローレットも超一流魔法使いじゃないとおかしいんだけどな。
何せ、彼女もエメロードの弟子なのだから。
「ローレットはこう見えても魔法学院の生徒会長だったんだ。生徒会長といえば、魔法の実力は学院トップと言っても過言ではない」
朝食を食べながら、2人がそんな話をしていたのを聞いてはいたが。
ローレットがここにいるのは学院の秋季休暇を利用しているからであり、休暇の前には生徒会長選挙があったそうだ。
最終学年で生徒会長を引退するローレットは、その選挙結果を受けて会長職を後輩に引き渡したのだとか。
まあ、実際には引き継ぎ等があるから、来月一杯までは生徒会長としての仕事はあるらしいが。
「それもこれもエメロード先生のご指導の賜物です」
目を輝かせてそう言うローレットは、どうやらエメロードに心酔しているらしい。
ともあれ、エメロードは超一流の魔法使いであると同時に、超一流の指導者でもあるということか。
師として仰ぐなら、これ以上の適任もいないのだろう。
「どうする、ゼフィール? 私の弟子になるのか?」
最初から、俺に選択肢なんかないのは分かり切ってはいたんだけどな。
この世界で俺が生き延びるためには、首を縦に振らざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
こうしてエメロードの弟子となった俺に与えられた最初のミッションが、「この森から生きて帰って来い」という訳の分からんものだった。
そうして、いきなり彼女の魔法で空高くに放り出されたのである。
空から見た限りでは東の方角に家があるのはわかっているのだが、一旦森の中に入ってしまうとどちらが東なのかがわからない。
ローレットもこんな無茶な修行をさせられていたのだろうか。
彼女が貸してくれた衣服は、森の中でも動きやすい服装だったからな。
ピンク色の寝間着からは解放されたはいいが、今度は生命の危険に晒される羽目になってしまった。
くそっ、絶対家に帰ってあのババアに文句を言ってやる……!
俺は歯を食いしばると、地を蹴る足に力を込めたのだった。
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