第13話 魔女の弟子たち
エメロードに拾われて3日目の朝、ようやく俺は自力で歩けるまでに回復した。
ここでの生活は、この世界において初めて経験することばかりである。
栄養のある手作りの料理に、ふかふかのベッド。
温かい風呂に、異性との会話。
エメロードに対しては感謝しかないのだが、一点だけ不満があるとすれば俺が着させられている寝間着である。
この部屋は元々エメロードの弟子が使う部屋で、今は弟子を取っていないから俺が占有している。
それはいいのだが、魔法使いの弟子は当然女子しかいなかった。
ゆえにこの家に置かれている服は全てが女子用であって、俺が着させられているのも女子用のピンク色の寝間着なのである。
ここへ来る前に来ていた奴隷用のボロ服は捨てられてしまい、他に選択肢が無かったから仕方がないと言えばそうなのだが、可能であれば別の服を用意してもらいたいものだ。
寝間着の代わりの服も無かったので、俺は仕方なくそのままの恰好で部屋を出て、リビングへと赴いた。
この家は平屋であり、居住スペースといえばエメロードと弟子用の部屋が一つずつ、それにリビングとダイニングキッチンくらいのものだ。
地下には食料備蓄用の倉庫があるようだが、人が住むような場所ではないしな。
風呂もあるにはあるが、エメロードの魔法がないと使えない。
こんな森奥では水を運ぶのも、火を焚くのも、魔法でないと難しいのだ。
俺がリビングへ出るとキッチンにはエメロード、それから見知らぬ少女が食事の支度をしていた。
あれがエメロードの言っていた『定期的に物資と情報を運んで来る弟子』なのだろうか。
俺は咄嗟に左目を閉じて、様子を窺った。
「――あら?」
俺の気配に気付いたのか、少女がこちらに振り向いていた。
「起きたか、ゼフィール。身体の方はもう大丈夫みたいだな。朝食が出来たからこっちへ来て座れ」
エメロードに言われるまま、俺はダイニングの椅子に腰掛けた。
すると、少女が俺の近くに寄って来て、マジマジと見つめて来る。
「ふぅん……君が世界で唯一魔法が使える男の子なのね」
年の頃は17、18歳といった所だろうか。
ミントグリーンの髪色を緩く後方に編み下ろしている。
顔立ちには若干の幼さが残るとはいえ整っており、まあ美少女と呼んでも差し支えはない。
しかし、気になるのはその服装である。
学校の制服か何かなのだろうか、髪の色と同じく緑色を基調とした可愛らしいデザインをしている。
「ドウモ、ハジメマシテ」
どうにも異性を前にすると警戒してしまう。
皇国では女尊男卑が酷かったからな。
スラムに暮らしていた頃も古道具屋のおばちゃんからは目の敵にされていたし、都市を歩いているだけでも汚らわしいモノを見るような視線や罵声を異性から投げかけられて来たことは数え切れない。
「初めまして。わたし、ローレットって言うの。よろしくね」
屈託のない笑顔を向けて来る美少女。
「ゼフィール」
俺はぶっきらぼうに自身の名前だけを告げた。
「ゼフィール君ね。う~ん、カワイイ! 女の子みたいっ」
何を考えているのか、ローレットは俺の頭を撫でようとして来た。
俺は咄嗟に身体が反応して、彼女の手を払いのけてしまった。
「……あ、ごめんね? 頭を触られるのはイヤだった?」
多少なりともショックを受けたようなローレットをエメロードが諭そうとする。
「気にするな、ローレット。ゼフィールは……まあ、色々あってな。異性に近寄られるのを極端に嫌うんだ」
「そうなんですね……」
エメロードの言葉をローレットは瞬時に理解したらしい。
この世界の男に人権はない。
参政権もなければ、相続権もない。
財産も所有出来なければ、まともな教育も受けられない。
その他の法的な制限も多く、例えば男性側から離婚を申し出ることは出来ないし、裁判においても男性の証言能力は低く見積もられてしまう。
まあ、ローレットの反応から察するに、彼女は男女差別とは無縁の性格をしているらしいがな。
もしくは、グランレスト王国は皇国と違ってそこまで差別が横行していないか。
あるいはその両方かもしれない。
「昨夜もな、私と一緒に風呂に入るのをどうしても拒むものだから、身体を洗うのも苦労したんだ」
余計なことを言うエメロード。
「身体を洗うだけなら、一緒に入る必要は無いだろうが」
「体も満足に動かせなかったのにか? お前は本当に、子供の癖に妙なプライドを振りかざし過ぎなんだ」
肩を竦めるエメロードに対し、ローレットの表情は少しずつ緩んでいるように感じた。
「とにかく、朝食にしよう。ローレットも席に座れ」
微妙な空気で始まったかに思えた朝食だったが、ローレットは非常におしゃべりでエメロードと2人で身内話に花を咲かせていた。
俺はといえば黙って朝食を貪っていたのだが、時折エメロードに話を振られてはツッコミを入れると言う、何とも平和な時間だった。
だが、朝食を食べ終えた頃、ローレットの話題は途端にシリアスなものとなっていた。
「――そうか、マーラントが負けたか」
ローレットの報告を聴いたエメロードがそう呟いた。
「はい。我が国の犠牲も少なくありません。国を立て直すには時間がかかると思います」
皇国が仕掛けたマーラント継承戦争は、皇国の勝利で終わった。
つまり、マーラントの王位は俺の母アストライドが継ぐことになる。
個人的な感情だけで言えば、母が祖母の圧迫から逃れられるのであれば喜ばしいことであるようにも思えるのだが、その代償はあまりに大き過ぎる。
「敗因は、やはりアトランタル王国の参戦か」
「はい……」
ローレットの報告に寄れば、開戦当初はガスティア皇国 vs マーラント・グランレスト王国連合の攻防は一進一退だったのが、アトランタル王国が皇国側について参戦したことで形勢が傾き、最終的には皇国が勝利をしたのだという。
アトランタル王国は俺の父ギルバートの出身国である。
皇国とは同盟関係の間柄にもかかわらず、参戦が遅れたのは双方が疲弊し切った所で漁夫の利を狙うつもりだったのでは――というのがローレットの見解だった。
「海軍は我が国が優勢でしたが、アトランタル王国にシュド地区を脅かされて三方面作戦を強いられたのが痛手でした」
グランレストはマーラントへ援軍を出す一方で、アトランタル王国から陸海を攻められたことで三方面を相手にせねばならなくなった。
マーラントは頼みの綱であったグランレストの援軍の力が削がれてしまったことで皇国軍の圧迫を抑えきれず、とうとう敗北に至ったのだという。
「戦後処理はこれからですが、皇国からは多額の賠償金を、アトランタルからはシュド地区の割譲を求められる――というのが大方の見解です」
大陸で最大領土を誇る皇国がマーラントを下したことで、更に領土を肥大化させた。
だが、マーラントを吸収した所で、皇国悲願の海は手に入らない。
次に標的になるのは、やはりこのグランレストだろうな。
「――わかった。報告ご苦労だったな、ローレット」
ローレットの話を聞き終えたエメロードは無表情でそう応えると、隣に座っている俺の方を振り向いてこう告げた。
「ゼフィール。お前の処遇が決まった」
「彼の処遇、ですか?」
首を傾げるローレットに構わず、エメロードは続ける。
「今日からお前は私の弟子になれ」
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