第12話 霧の魔女 後編

 まさか"霧の魔女"がロリババアだったとは。


 いや、見た目が少女ではないからロリではなく、ただのババアか?


「……お前、とても失礼なことを考えているな?」


 さすがは年の功、子供の考えていることなどお見通しらしい。


「気のせいだろ。俺だって、この世界で120年も生きている人間の話なんて聞いたこともない」


「私はこの森から出られないからな。それゆえ、"霧の魔女"という名の虚像が独り歩きしているのだろう」


 "霧の魔女"は森から出られない、とヒューゴも言ってたっけ。


 ヒューゴといえば、アイツもニックも無事だろうか。


 今すぐにでも生存確認をしたい所だが、相手の居場所を特定する魔法など存在しない。


 それによくよく考えてみれば、俺がヒューゴもニックと一緒にいれば、俺の正体がバレた時に彼らも祖母に命を狙われる恐れがあるんだよな。


 今はアイツらの無事を祈る他ないか……


「やっぱりあんたは"霧の魔女"なんだな。本名は何て言うんだ?」


「エメロードだ。エメロード・ド・シルヴェストル。それが私の名だ」


 エメロードというのは、髪の色が珍しいエメラルドグリーンだからそう名付けられたのだろう。


 シルヴェストルは森という意味だから、おそらくはこの森に住むようになってから与えられた家名だろう。


「エメロードは貴族だったんだな」


 家名の前に"ド"という前置詞が付くのは貴族の証である。


「命の恩人を呼び捨てにするか。まあ、プライドの高いお前であればさして不思議もないか」


 まだそれを言うか。


「そう渋い顔をするな。私をお前を買っているんだ。この世界で唯一、魔法が使える男子なのだからな」


「俺を実験動物にでもするつもりか?」


「それは、これからのお前の態度次第だろう」


 つまり、実験動物にされる可能性もあるってわけか。


「ちなみに私の爵位は子爵だ。元は平民だったんだがな、当時のグランレスト女王との盟約で、この森を譲り受ける代わりに皇国の圧迫から我が国を守護している」


「当時って、何年前の話なんだ?」


「そうだな……かれこれ、70年近く前になるだろうか」


 70年もこんな森で一人暮らしをしてたってのか。


 それに70年前といえば、ちょうどランバルド王国が皇国に滅亡させられた時と重なるな。


 多分、皇国の侵攻を警戒してのことだったのだろうが、それにしても70年とは気の遠くなるような時間だ。


「ゼフィール、お前が何を考えているか察しは付く。だが、心配には及ばない。定期的に私の弟子がここを訪れ、色んな物資や情報を提供してくれるのだからな」


「弟子?」


「あぁ。これでも昔は大学で教鞭を執っていた」


「昔って、いつの話をしてるんだ? 70年前にこの森へ移り住んだのなら、大学の教え子なんて優に80歳は越えてるじゃないか」


「先に言っただろう? 『この霧を突破して森の中に入るには、私が認めた魔力量の持ち主のみ』だと。数年に一度、私の弟子入り希望者が霧を突破してここまで辿り着くことがある」


 なるほど、そういう仕組みか。


 120年も生き、魔女と呼ばれているエメロードに弟子入りを願う女子は大勢いるはずだ。


 しかし、彼女自身が霧という手段を使って自ら取るべき弟子を選定しているのはなぜだ?。


「どうしてそんな面倒な真似を?」


「才能の無い者に魔法を教えても時間の無駄だからな。もちろん『私の』ではなくて『教え子の』だが」


 限りある人生、何に時間を費やすかでソイツの人生が決まってしまうと言ってもいい。


 長生きが過ぎて誰よりも時間に無頓着そうな彼女が、他人に時間の大切さを諭すなんて、皮肉にもほどがある。


「――さて、今度は私が教えて貰う番だな」


 エメロードは椅子の上で足を組みかえながらそう言った。


「ゼフィール、お前は男なのにどうして魔法が使えるんだ?」


 どうしてって言われてもな……


 俺が転生者だから、というのは理由になっていそうだが、確証はどこにもない。


 よくある転生モノでは、神や女神から特別な力を授かることがあるんだが、俺はそういう存在と出くわさなかった。


 強いていうなら、赤ん坊では持ちえない視力と言語能力を持っていたくらだが、それと魔法は何の関係もないだろう。


「答えられないのなら、私が指摘してやろう。その左目に宿る星芒形アステロイドが関係しているんじゃないのか?」


「え……?」


 言われるまで全く気付いていなかったが、俺は左目に巻いてはずの布を失っていた。


 おそらく追手や獣達から逃げている最中に外れたんだろうが、今の今まで気づかなかったなんて、マヌケもいい所だ。


星芒形アステロイドはガスティア皇国の皇族にのみ現れる印だ。そして、皇族の血統は女子しか生まれない。にもかかわらず、お前は男子として皇族に生まれた」


 120年も生きてるだけあって、他国の事情をよくご存知だことで。


「本来、皇族として生まれるはずの無かった男子だからこそ、本来宿しているはずのない魔法という力を持って生まれた――というのが私の推測だ」


 エメロードは得意げに語っているが、俺にはその推測が当たっているかどうかはわからない。


 何せ、つい先ほどまで魔法が使えるなんて知らなかったのだから。


 仮にエメロードの推測が正しかったとしても、俺が皇族の男として生まれた理由は謎のままだ。


「悪いが、俺にもわからん。ただ、俺がガスティア皇国の生まれだというのは……そのとおりだ」


 他人にこの秘密を喋ったのは初めてだった。


 ヒューゴやニックにも秘密にしていたしな。


 ピエク爺さんには俺から話したわけではなく、彼が赤ん坊の拾った時に知られたわけだし。


「――そうか」


 それだけ言うと、エメロードは俺の食事を運んで来たトレーを持って部屋を出て行こうとする。


「ちょっと待て。これから俺をどうするつもりだ?」


「まだ身体は動かせないんだろう? なら、しばらくはここで安静にしていればいい。その後のことは……まあ、考えおくさ。但し、実験動物になりたくなければ、くれぐれもここから逃げだそうなどとは考えてくれるなよ?」


 さらりと怖いことを言って、彼女は部屋を出て行った。


 とてつもなくイヤな予感がするのは、俺の気のせいだろうか……

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