第8話 脱走 前編
「戦争が終わったって……それ、ホントか?」
俺が疑問を呈すと、ヒューゴは「ついて来ればわかる」と言って地上へ続く階段を上がって行った。
訝しむ俺とニックは顔を見合わせながらも、ヒューゴの後を追って地上へと出る。
外はすっかり夜が更けており、魔法で照らされた街灯のみが薄ぼんやりと光を放っていた。
奴隷達は監視員も寝床についているのか、周囲には誰もいなかった。
……妙だな。
この時間でも監視員は脱走防止の為に見回りしているはずなんだが。
「どうして誰もいないんだ?」
「『戦勝祝いだ』ってんで監視員達は都市の酒場で宴会を始めたんだ。それで、今はもぬけの殻ってわけだ」
奴隷監視員なんて真っ当な人間がやる職業じゃないからな。
トップダウンで宴会の許しが出たとあれば、クソ真面目に監視を続けるヤツもいないんだろう。
「つ、つまり、今からここを脱出するってことッスか?」
ニックの問いにヒューゴは首を縦に振った。
「そうだ。今日が千載一遇のチャンスだからな。こんな日はもう二度と来ないかもしれない」
「お前のその言葉は聞き飽きたんだよ。そう言って何度失敗したと思ってるんだ?」
「今日の今日こそは本当だ。その証拠に、地下牢の鍵をくすねられるくらいには警備が緩いんだぜ?」
俺のツッコミを、しかしヒューゴは軽く受け流してくれる。
「……仮に脱走するとして、他の奴隷達はどうするんだ?」
「信頼出来る仲間に同じ情報を伝えてある。少しずつだが、もう脱走している者もいる」
コイツ、俺の知らない内にでそんなことを企んでたのか。
「で、お前らはどうする?」
「どうするって……」
ニックは俺の顔色を窺って来た。
「脱走するとして、どこへ逃げる?」
俺達は一文無しだ。
金がないんだから結局の所、行きつく先はスラム以外にない。
スラムに行けばまたスラム狩りにあって奴隷に逆戻りになるのがオチだ。
「グランレストへ亡命する」
「えっ?!」
「はぁ?」
俺とニックの声が重なった。
「グランレストって、敵国じゃないか」
「オレ達の敵は本当にグランレストか?」
ヒューゴは意味深な問いを投げかけて来た。
「どういう意味だよ?」
「オレ達が奴隷身分に落とされたのは皇国が奴隷制度を設けているからだ。けど、グランレストは奴隷制を禁じている。つまり――」
「――グランレストへ亡命すれば、平民になれるってわけか」
ヒューゴは俺の回答に満足したように頷いた。
「け、けど、亡命者なんてそう簡単に受け入れてくれるッスか?」
ついさっきまで戦争してたんだからな、普通に考えれば追い返されるのが関の山だ。
「心配するな、ニック。オレはグランレストへの手土産を持っている」
「手土産……ッスか?」
「あぁ。実はな、ここの外壁工事中にちょいと細工を施したんだ。軽く押せば外壁の一部が崩れ落ちるようにな」
「お前、いつの間にそんなことを……」
コイツの発想力と行動力には呆れるばかりだ。
「この情報をグランレストへ持ち込めば、戦争になった時にソリニャックは簡単に落とせるだろ?」
「お前、皇国を裏切ってグランレストへ寝返るのか」
俺とて血の繋がった家族を裏切るのは、多少なりとも気が引ける。
「そうじゃない。オレは魔法が使えない男であっても、差別されない社会を作りたいんだ」
また、突拍子もないことを言い出したな。
「そのためにはグランレストをも利用するって?」
「まあ、聞こえは悪いが、大体合ってる」
何者なんだ、このヒューゴって男は?
俺と同じ転生者なのか?
こんな子供が差別撤廃を訴えて国を動かし、社会を変えようなんて……
「――と、おしゃべりは終わりだ。こんな所でグズグズしているとうっかり戻って来た監視員に気付かれる恐れがある」
ヒューゴは声量を落として、周囲に気を配り始めた。
「で、どうするんだ? お前達は一生、ここで奴隷を続けるつもりか?」
ここまで来たら、答えはもう出ているようなものだろう。
既に脱走者がいるなら、俺達がここに残っていても連帯責任で罰則を受けるのは変わらないわけだしな。
「……わかった、俺もここから脱走する」
「お、オレっちもついていくッスっ」
「へへっ、決まりだな」
ヒューゴはニヤリと口角を上げると、外壁へ向かって小走りに駆け出した。
俺とニックは互いに頷き合うと、彼の後を追いかける。
いつもなら外壁の上にも奴隷の監視員とは別に、都市の見張り兵がいる。
彼らに見つかっても俺達は連れ戻されてしまう。
それが、今日に限っては見張りが一人も見当たらない。
戦勝祝いで仕事を放棄してるってのは本当みたいだな。
「――よし、行くぞ」
それでもヒューゴは周囲を警戒をしてか、腰を低くしながら外壁の上へ続く階段を駆け上がっていく。
さすがにこの時間だと城門は閉ざされているから、外壁の上から下へ下りる他に方法が無い。
用意周到なヒューゴは、腰に巻き付けていたロープを外壁の出っ張りに引っかけて、器用に外壁から抜け出した。
俺とニックもヒューゴに続いてロープを伝い、外へ出た。
「――ぃやっほぉうっ!!」
外へ出るならい、ヒューゴは飛び跳ねながら歓声を上げていた。
「騒ぐな、気付かれたらどうするんだよ」
「何言ってんだ! 5年振りの外なんだぜ?! これが喜ばずにいられるかってんだぁ!!」
俺の制止も聞かずにヒューゴは満面の笑みではしゃぎまくる。
一方のニックはといえば追手を気にしているのか、しきりに背後を振り向いていた。
「つーかヒューゴ。どっちがグランレストなんだ?」
今まで一度だってソリニャックから出たことがない俺達である。
しかも、今夜は月明かりが乏しく、周囲の視界はすこぶる悪い。
「アレを見ろ」
ヒューゴが指差したのは、俺がソリニャックへ連れて来られた時に下って来たセール川だった。
「――なるほど」
俺はヒューゴの意図を瞬時に理解した。
「え、どういうことッスか?」
「セール川を真っ直ぐに下って行けば、ちょうどグランレストとマーラントの国境にぶつかるんだよ。そこからグランレストへ亡命すればいい」
「ど、どうして兄貴達はそんなことがわかるんスか?」
「俺はスラムにいた頃、ゴミ置き場で拾った本を読んで知識を得た。あと、育ての親にも世界情勢について色んな話を聞いたな」
俺がそう答えると、ヒューゴからも大体似たような答えが返って来た。
「す、すごいッスね、兄貴達は……文字が読めるなんて」
まあ、スラム育ちの子供にしちゃ俺とヒューゴは規格外なのかもしれん。
「ともあれ、早速川沿いを――」
ヒューゴがそう言いかけた、その時。
背後から馬の
「――いたぞ、こっちだ!!」
あろうことか馬に跨った奴隷監視員が俺達に迫って来る。
「おい、ヒューゴ! どうなってんだよ!」
「ウッソ、マジで?!」
当のヒューゴが驚いている。
事情はよくわからんが、どうやら脱走がバレたらしい。
コイツの計画はいつもこうだ。
肝心な所で爪が甘く、結局は連れ戻されてしまうのである。
「クソ、とにかく走れ!!」
ヒューゴの掛け声と共に、俺達3人は全力で川沿いを疾走した。
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