第7話 奴隷皇子 後編下
「まぁたお前か、ニック!! 一体、何回荷車をひっくり返せば気が済むんだ?!」
「す、すみません!! すみません……!!」
監視員に平服して謝り倒すニックだったが、監視員は鞭で彼を叩こうとする。
俺は咄嗟にニックをかばい、彼の代わりに背中を鞭で打たれた。
「ぐっ?!」
「ゼフィール!? 貴様一体、何のつもりだ!!」
「……ニックは過労でもう倒れそうなんだよ。これ以上酷使したって、作業効率が落ちるだけだろ」
「奴隷の分際で歯向かうつもりかぁ?!」
俺は再び背中を鞭で打たれる。
「ぐぅ……!!」
「あ、兄貴……! もういいッス、やめて下さいッス……!」
ニックが涙目になって訴えて来る。
近頃、ニックは俺のことを兄貴と呼ぶようになった。
理由はよくわからないが、彼なりの敬意なのだと俺は思っている。
「はぁ、はぁ……くそ、もういい! おい、こいつらを地下牢に閉じ込めておけ! お前らは3日3晩メシ抜きだからなぁ!」
俺とニックは監視員達に引きずられるようにして、奴隷専用の地下牢へと放り込まれた。
明かりも届かず、じめじめとしたこの牢屋もすっかり馴染みのある場所となっていた。
食事は出ないし、衛生環境も最悪だが、働かなくて済むというのはヒューゴから学んだ休暇取得方法だった。
「す、すまみませんッス、兄貴……オレっちの所為で……」
牢屋の中でニックは涙を流しながら、謝罪を繰り返す。
「気にするな。働かなくていいんだから、こっちの楽なもんだろ。むしろラッキーまである」
俺は鞭で打たれた背中の痛みをニックに悟られないようにして、その場で横になった。
「でも……」
「いいから、お前も体を休めておけよ。無駄口叩いてると腹が減るだけだ」
「……はいッス……」
俺が奴隷としてソリニャックの街に連れて来られてから、5年が経過しようとしていた。
外壁工事はそろそろ完成を迎える頃で、ここが終われば別の都市でまた同じように作業に従事させられることだろう。
そんな重労働の奴隷生活を続けている所為か、11歳になった俺は肉体的にかなり逞しくなった自負がある。
だが、ニックは違う。
10歳になった彼はいまだに身体があまり成長せず、気弱な性格もそのままである。
「そういえば、今日はヒューゴの兄貴の姿を見ないッスね」
無駄口を叩くなと言ったのに、何か話してないと不安で仕方がないのだろう。
ニックがそんなことを言い出した。
「どうせまた、脱走の計画でも練ってるんじゃないか? 俺はもうアイツの口車には乗らないけどな」
この5年の間に何度かチームの編成も変更が行われていた。
今の俺達はヒューゴとは違うヤツと組んでいるわけだが、ソイツは過労でぶっ倒れて今は使い物にならなくなっている。
仕方なしに俺とニックで作業していたのだが、案の定ニックの負担が重すぎてこのザマってわけだ。
そういえばヒューゴのヤツ、もうすぐ15歳になるんだよな。
そしたら奴隷から軍属になる可能性がある。
マーラント継承戦争は4年以上経ってもいまだに決着が付かず、皇国も戦費が重なり随分と国力を落としていた。
そうして欠けた兵員を補充するべく、このソリニャックの都市にいた奴隷も15歳になると軍隊へと徴集されていったからな。
「ヒューゴの兄貴が言ってたんスけど、マーラントとの戦争が終わればオレっち達もここから出られるって噂――」
「アホ、そんなわけあるか」
俺は即座にニックの言葉を否定した。
もし戦争が終わっても俺達が釈放されなかったら、ニックは絶望して生きる希望を失ってしまう恐れがあったからだ。
それは、体力の低いニックには致命傷となりかねない。
だったらそんな儚い希望など、最初から持たない方が身の為だろう。
「大体、マーラントが落ちたら次はグランレストが狙われるだけで、俺達の立場は何も変わりはしないさ」
マーラントは大陸に存在する王国の中では最も国土が小さく、人口比で言えば、皇国の5分の1ほどだ。
その小国が大国と4年以上も戦えているのは、グランレスト王国がマーラントに味方しているからだ。
マーラントが落ちれば次はグランレストが狙われるのがわかっているからこそ、彼の国は援軍を惜しまない。
そうした各国の思惑が交錯して、今回のマーラント継承戦争は4年以上も続いていた。
「そ、そうッスか……やっぱり兄貴は賢いッスね」
ニックの称賛を、しかし俺は素直に受け取れなかった。
俺が賢いんじゃなくて、この世界の教育水準が圧倒的に低いだけだ。
九九が出来るだけで、奴隷仲間から天才呼ばわりされるんだからな。
「もういいから、お前も寝ておけって。どんなに腹の虫が鳴ったって何も食えないんだぞ」
「う、ウッス……」
ニックは俺と会話が出来て少しは安心したのか、ようやく地面に仰向けになって寝始めた。
カビ臭い所ではあるが、眠れないこともない。
俺は鞭で打たれた背中の痛みに耐えながらも、いつの間にか眠りに落ちていた。
◇ ◇ ◇
地下牢で寝ていた俺は、何者かがこの地下牢へ下りて来る気配に気付いて目を覚ました。
足音からして、監督員ではない。
奴らの足音はもっと粗雑で、乱暴だ。
「――よう、お二人さん。仲良く地下牢行きだなんて羨ましいねえ、オレも混ぜてくれないか?」
「……ヒューゴか」
俺は声の主にそう呼びかけた。
「あぁ。喜べ、ゼフィール。オレ達、とうとう奴隷生活とオサラバ出来る日が来たんだ」
暗くてよく見えないが、弾んでいるヒューゴの声色からするに、きっと彼は笑っているに違いない。
まあ、ヒューゴは出会った時からずっとヘラヘラと笑っているんだけどな。
「ここからオサラバって、奴隷解放宣言でも出されたのか?」
「そうじゃないが……まあ、話はソコから出てからだな」
ヒューゴはどこで手に入れたのか牢の鍵を手にしており、それを使って扉を開けた。
「……んん? あれ、ヒューゴの兄貴……?」
ようやく目を覚ましたニックが眠気眼で呟いた。
「おう、ニック。早くそこから出て来い」
事情が呑み込めていないニックは、それでもヒューゴの言葉に従って俺と一緒に牢屋を出た。
「一体、何がどうなってんだ?」
俺がヒューゴに尋ねると、彼は暗闇の中でもハッキリとわかる程度に興奮気味にこう語った。
「聞いて驚けよ? ついにマーラントとの戦争が終わったんだよ」
ヒューゴの突拍子もない言葉が、薄暗い地下牢に響き渡った。
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