第6話 奴隷皇子 後編上

 俺が奴隷としてソリニャックの都市に連れて来られてから、半年ほどが経過していた。


 相も変わらず外壁建設のためにひたすら石材を運ぶ日々にうんざりしつつも、この生活に慣れてしまっている自身の適応力にも呆れてもいた。


 季節は秋を迎え、真夏の炎天下の労働は乗り越えたものの、これから訪れる冬の方が作業的にはより厳しくなる。


 寒くて乾燥していると風邪が蔓延したりもするからな。


「おい、聞いたかゼフィール?」


 俺が石材を運んでいると、ヒューゴが話し掛けて来た。


「何だよ? もう脱走計画には耳を貸さないぞ」


 この半年で3回も彼の脱走に付き合わされ、その全てに失敗した俺達。


 連帯責任として他の奴隷仲間と共に散々なお仕置きを食らっており、今や俺達ヒューゴチームは奴隷仲間からも恨みを抱かれる存在となっていた。


「そうじゃない。皇国がいよいよマーラントへ宣戦布告したみたいだぞ」


「……マジか?」


「マジだ」


 ヒューゴにしては珍しく真剣な表情である。


 俺もスラム狩りが行われた時点で、近い内に戦争が始まるのではないかと考えてはいたが、まさか本当に起きるとはな。


「各地のスラムで集めた奴隷達を先導させて、敵の魔法攻撃の盾とする。その後、皇国軍の本隊に攻めさせて一気に決着を付けるみたいだ」


 やっぱりスラムで集められた健康な男性達は、戦争の道具として使われるのか。


 人の命が安すぎるんだよ、この世界は……


「戦争のきっかけはマーラント王家の継承問題か?」


「だろうな」


 俺の祖母の皇配おうはい――すなわち俺の祖父は現マーラント女王の兄に当たる。


 だから、マーラント王家の血を引いた祖父の娘である俺の母アストライドは、マーラント王家の継承権を有していることになるのだ。


 今年になって現マーラント王国の女王が危篤状態に陥り、次の王位を巡ってマーラント王国と皇国の間で対立が生じていることは、風の噂で聞いていた。


 この世界では基本的に男性の家督相続が認められていないから、現マーラント女王の娘が家督を継ぐはずなのだが、残念ながら女王に子供はおらず、しかも後継者を指名して来なかった。


 女王には兄と弟が1人ずついるので、次期王座はそのどちらかの血統が継ぐことになるわけだ。


 女王の兄は俺の祖父であり、野心家の祖母がマーラントの王位継承を主張している。


 一方、女王の弟にも娘がいるから同様に王位継承を主張。

 

 緊張が高まった両国に先日、危篤状態だったマーラント女王が崩御の報がもたらされ、いよいよ戦争に発展してしまったのだ。


「そ、それじゃあ、この都市も戦争になるのかな……?」


 相変わらず気弱なニックは怯えながら訴えて来た。


「それは無いんじゃないか? 皇国はあくまで攻める側だからな、戦場はマーラント国内になるはずだ」


「そ、そっか……」


 ヒューゴの言葉にやや安堵した様子のニック。


 俺としては内心複雑である。


 身内の野心で始まった戦争、それによって多くの犠牲者が出るだろうからな。


 特に最前線に送られる元スラムの住民達が生還する可能性は限りなくゼロに近い。


 この世界における戦争は魔法が戦いの主軸になる。


 だから女皇は男の奴隷達に先陣を切らせ、敵からの魔法の盾とさせる方法を選んだのだろう。


 しかも、ガスティア皇国とマーラント王国の国力差はよくて5対1だ。


 マーラント側が勝つ見込みはほとんどないに等しい。


「戦争っつても、すぐに終わるんだろ?」


 俺の問いに、しかしヒューゴは首を横に振った。


「オレはそうは思わない」


「どうしてだ?」


「マーラントには、ほぼ確実にグランレストが味方に付くからだ」


 グランレスト王国は北にマーラント、西には皇国と領土を接しているが、それ以外は海によって守られている半海洋国家である。


 ゆえに海軍が発達しているが、その分、陸軍に割ける兵力は割かれてしまう。


 一方、ガスティア皇国は完全な内陸国であり、軍人の全てを陸軍に割ける。


 仮にガスティア軍 vs マーラント・グランレスト連合軍という構図になっても、兵力差は精々5対3くらいだろう。


「グランレストが味方に付いても、最終的には皇国が勝つんじゃないか?」


「問題はグランレストの参戦によって戦争が長引くことだ。皇国が疲弊した所に他国から攻められないとも限らない」


 ガスティア皇国は大陸の中央に位置しているがゆえに、周囲を外国に囲まれている。


 しかし、皇国の南側にあるベスティア連邦国は永世中立を貫いているから、自分から攻めて来ることは決してない。


 同じく南に位置しているアトランタル王国は俺の父ギルバートの出身国であり、同盟国でもあるから、この国も攻めてくる心配はないだろう。


 皇国の西側には広大な山脈が広がっており、敵が攻めて来ることは考えにくいし、皇国の北にあるデズワ都市同盟は国土が小さすぎて皇国に喧嘩を売るだけの力が無い。


 唯一可能性があるとすれば、マーラント王国の北方にある神聖フェリス教主国が"精霊教の教主"の名の元に皇国の討伐を掲げ、各国へ檄を飛ばせば周辺国が一気に敵対する可能性はある。


 まあ、そうならないように皇国は毎年多額の寄付を教主国へ行っているわけだから、その可能性も極めて低いと言わざるを得ない。


「そうかね? それでも皇国に喧嘩を売る国がいるとは思えないけどな」


 俺がそう言うと、今度はニックが口を開いた。


「でも、グランレストには"霧の魔女"がいるから、そう簡単には負けないんじゃないかな」


 ニックの言葉に、ヒューゴは石材を運ぶ手を止めてこう答えた。


「"霧の魔女"はグランレストの防衛の要であって、自分から攻めて来ることはない。そもそもあの魔女は森から動けないって噂だ」


 皇国とグランレストの国境には"霧の森"と呼ばれる不気味な森があるという。


 その森に立ち入ると魔女に生気を吸われ、白骨になって戻って来る――なんて噂が奴隷達の間でもまことしやかに囁かれている。


 俺達がいるこのソリニャックの都市は、そんな"霧の森"に近い場所に位置しているから、そういう話も良く耳にしていた。


「オレに戦う力があれば、皇都で革命でも起こしてやるんだけどな。そしたら、戦争なんてすぐにやめさせてやるのに」


 いつものニヤけ面で、物騒なことを言うヒューゴ。


 革命が起きて皇族が全員処刑とかになったら、俺も他人事ではいられないんだが。


「こら、そこ!! 手を止めるんじゃない!!」


 監視員にサボっていると思われたのか、いつもようにどやされる俺達3人。


 結局、戦争が始まろうが終わろうが、奴隷である俺らのやることは変わらないんだよな……


 そんなことを考えながら、俺達は今日も重たい荷車をせっせと運ぶのだった。

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