第5話 奴隷皇子 前編下

 カンカンカンカン!!


 けたたましい鐘の音と共に、俺達奴隷は一斉に起こされた。


 まだ日が昇る前だというに奴隷監督者は仕事熱心だことで。


 他の奴隷達はゾロゾロと部屋から出て行くのを尻目に、俺があくびをしながらのんびり起き上がった。


 俺がいるのは寝床というのもおこがましいぐらいのオンボロ小屋である。


 ここには30名ほどの子供奴隷が収容されており、全員が毎日雑魚寝をする為だけに帰って来る場所だ。


 もちろん、ベッドや布団などというものはない。


 床に敷かれた薄いわら編みの上に寝っ転がるだけ。


 冬が来たら凍えてしまいそうだが、奴隷の代わりなんていくらでもいるんだろう、監督者達はそんなことを気にもせず、毎日扱き使ってくれる。


 俺は奴隷が全員部屋を出て行ったタイミングを見計らうと、左目に布を巻いてから彼らの後を追った。


 部屋を出るとまだ薄暗い空の下、食事の配給が始まっていた。


 食事と言ってもお椀一杯のスープに、パン切れ一つだけ。


 スラムでの食事とそう大差ないボリュームだったが、味はこっちの方が遥かに不味い。


 そんな食事すら、昨夕は食べ損ねちまったからな……


 何かを腹に入れないと日中に倒れかねないので、奴隷達は地面に座りながら食事を貪る。


 カンカンカンカン!!


 食事を終えた頃、再び鐘の音が鳴り響く。


「ほら奴隷共、さっさと持ち場へ付け!!」


 監視者の一人が鞭を片手に指示を飛ばす。


 俺達は重たい腰を上げながらも、それぞれに宛がわれた作業場へ向かった。


 奴隷の仕事は、主に3種類に分けられる。


 1つ、城壁用に岩石を削る石切り。


 2つ、切り取った石材の運搬。


 3つ、運搬した石材を外壁へ積み上げる煉瓦れんが工。


 子供奴隷に石切りや煉瓦工は厳しいので、俺達はひたすら石材を運搬をやらされている。


 切り取られた石材を荷車に乗せて、石切り場と積み上げ場を1日100往復くらいさせられる。


 荷車は子供一人では運べないので、3人1組のチームを組まされていた。


「まったく、毎日毎日同じことさせやがって。もうちょっと面白味のある仕事はないのかねえ?」


 俺達のチームで一番の年長者であるヒューゴがそう言った。


 彼は4つ年上の10歳で、俺よりも数日早く奴隷としてここへ連れて来られたらしい。


「いいから黙って運べよ。また鞭で叩かれるぞ」


 俺はヒューゴに苦言を呈す。


「ゼフィールよぉ。お前、ここへ来てたった1週間ですっかり従順な奴隷になっちまったんだなぁ」


 石材を荷車に運びながら、ヒューゴはカラカラと笑っていた。


「そんなんじゃねえよ」


 俺の爺さんが言ってたんだ。


『生きていれば、必ず良いことが訪れる』って。


 そう言い残した爺さんの死に様があれで良かったのか、俺にはわからない。


 ただ、最後に見たあの安らかな表情が、不幸や絶望とは無縁のようにも思えていた。


「あの、監視の人がこっちをにらんでるけど……」


 もう一人のチームメイトであるニックが、か細い声でそう告げる。


「はは、ニックは相変わらず臆病だなぁ。手さえ動かしてれば、口を動かしてても文句は言われないんだぜ?」


 このヒューゴという少年は肝が座っているのか、奴隷として毎日過酷な労働に従事しているのにいつもヘラヘラしている。


 昨日なんか、監視員に真っ向から歯向かってぶん殴られ、顔に痣を作っているにもかかわらず全く意に介する様子がない。


「ヒューゴ、少しは自嘲しろ。お前の無鉄砲な行動が俺達にも飛び火するんだからな」


「そ、それは僕のせいだったから……ごめん」


 ニックは小さな声で謝罪していた。


 彼は俺の1つ年下で、実に弱々しい性格と体格をしている。


 昨日、そんなニックが重労働に耐えかねて石材を落としてしまったのを監視員に見咎められ、鞭で打たれそうになった。


 その時、咄嗟にヒューゴがニックをかばって鞭に打たれたのだ。


 ヒューゴの態度が「反抗的だ」とかいちゃもん付けられて、俺達3人は連帯責任を問われ夕飯抜きにされたのだった。


「気にすんな。オレは殴られれば殴られるほど強くなるんだ」


 ただの強がりなのか本気なのか、ヒューゴはそう言って笑っていた。


「わかったから、さっさと荷車を引け。もう石材は載せ終えたぞ」


 俺がヒューゴをせっつくと、彼は先頭に立って石材を載せた荷車を引く。


 その荷車を俺とニック後ろから押すと、荷車は地面にわだちを作りながらゆっくりと動き出した。


 石切り場から目的地の積み上げ場まではそう遠くはないが、石材が重すぎて運ぶのも容易ではない。


 かといって、1回で運ぶ石材の量が少なくすると監視からどやされる。


 まったく、不条理極まりないな。


 前世だったら誰もが認めるブラック職場だ。


「はぁ、はぁ……」


 荷車を押していたニックの息が切れ始めていた。


 今日の作業はまだ始まったばかりだというのに……


 やはり、昨日の夜に何も食べられなかったのが堪えているのだろうか。


 俺は仕方なしに左手で荷車を押しながら、右手でニックの背中を押して無言で彼を励ました。


「ご、ごめん……」


「いいから喋るな、余計な体力を使うぞ」


 この世界には魔法が存在するが、魔法は女性にしか使えない。


 しかし、魔法も万能ではない。


 特に重量物を運搬する魔法なんぞは存在せず、こうした作業はもっぱら男性が担っていた。


 石切りくらいなら魔法で簡単にスパッと切れてしまうのだが、こんな男臭い職場に好んで来る女性もいないからな。


「あっ……!」


 俺が考え事をしていたら、ニックが地面に蹴躓けつまずいて倒れてしまった。


「おい、大丈夫か?」


「こら、そこ!! 何をやってるんだ!!」


 俺がニックに手を貸そうとしたら、監視員の怒声が飛んで来た。


「ちょっとつまずいただけだろ。そんなに目くじら立てるなよ」


「なにぃ?! 貴様、奴隷の癖に歯向かうつもりか!?」


 監視員は手にしていた鞭をパチンと鳴らして威嚇する。


「そっちだって奴隷のようなもんだろ。こんな所で四六時中、俺達の監視なんかやらされてよ」


「こ、このガキィ……!!」


 監視員がいきり立ち、手にしていた鞭を地面に広げた。


 俺は倒れているニックをかばうようにして、監視員に対して背中を向ける。


「まぁまぁ、そうカッカしなさんなって」


 背後でヒューゴの声がしたかと思い振り向いてみると、あろうことか彼は監視員の後方に立ち、広がった鞭を足で踏みつけて動けなくしていた。


「貴様、何をしている?! その薄汚い足をどけろ!!」


「へいへい、お望みどおりに」


 監視員が鞭を引っ張ったタイミングを見計らってヒューゴが足をどけると、監視員は勢い余ってその場にすっ転んでしまった。


「ありゃりゃ~。だいじょぶですかぁ?」


 ヒューゴは倒れている監視員を挑発するように上から見下ろす。


「き、貴様らぁ!! 絶対に許さんっ!!」


 その後――


 俺とヒューゴはいきり立った監視員に顔が腫れるまでボコボコに殴られた挙句、ニックを含めた3人共、狭くて暗くてカビ臭い地下牢に閉じ込められた。


「……ご、ごめん……また、ボクのせいで……」


「何言ってんだ。これで今日は働かなくて済んだろ?」


 無様に腫れあがった顔で無理やり笑顔を作って、ヒューゴがそう言った。


「勘弁しろよ……お前と一緒のチームだと、命がいくつあっても足りねえよ」


 俺はそんなヒューゴに呆れてため息を吐きながらも、彼を憎む気には到底なれなかった。

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