第4話 奴隷皇子 前編上
ガスティア皇国はこの大陸で最も強大な国家であり、その領土は実に大陸の4分の1を占めている。
だが、実際のところは山脈や河川が多く、平地は国土に比してそれほど多くは無い。
しかもこの国は完全なる内陸国であり、海と面していないのだ。
そんな皇国だが、領内には2つの大きな川がある。
今、俺がスラムから強制的に乗せられている船は、その大きな川の1つであるセール川を東へ向かって運行していた。
船には俺を含め十数名の子供達が肩を震わせ、
本当に、どこへ連れて行かれることやら。
俺とて今日は朝からゲリックに顔面を殴られ、古道具屋のおばちゃんに魔法をぶっかけられ、兵士には蹴り飛ばされて――とロクな目には遭っていない。
ただ、俺のことよりも心配なのはピエク爺さんの方である。
もし兵士達が言っていたとおり、あのままスラムが焼き払われたのだとしたら、今頃はもう……
「――着いたぞ」
船頭がそう告げると、一緒に乗船していた監視役の兵士が俺達を桟橋へ下りるように命じた。
俺達は子供は兵士に先導されて、川沿いにある都市へと向かって歩かされた。
都市の中に入るのかと思いきや、兵士は城壁の前にある作業場のような場所に立ち止まった。
「ここはソリニャックという都市だ。お前達はこれから、この都市の外壁工事に携わってもらう」
子供達は周囲の様子を窺いながら、戸惑いを隠さずに不安げな表情をしている。
俺達の目の前には、先にここへ連れて来られたらしい子供達が、せっせと荷車に石を乗せて運んでいた。
俺が生まれたのは皇国の皇都ドラギオンで、スラムのあった場所は皇都ドラギオンから南に離れたムースベリという都市だった。
そのムースベリから川を東へ下って連れて来られたのがこのソリニャックなわけだが、ここにはかつてランバルトという名前の王国があった。
そのランバルド王国は数十年前に皇国に滅ぼされ、今では皇国領の一部となっている。
そして、この旧ランバルド王国領の東には皇国の宿敵、マーラント王国とグランレスト王国がある。
ソリニャックはグランレスト王国との国境近くにある都市であり、城壁で防備を固められているのだが、その城壁を囲む外壁を建設するのだという。
俺はこの世界の知識について、スラムのゴミ置き場で拾った本や爺さんから話を聞いて学んでいた。
そうして得た知識に加え、スラムで健康な男性が集められたこと、各地で奴隷を使って外壁工事を進めていることを合わせて考えると、俺の祖母がやろうとしていること、それはすなわち――
「――よく来たなぁ、ガキ共」
監視役の兵士と交代して俺達の前に現れたのは、クマみたいな容貌をしたゴツいオッサンだった。
「オレ様の名はズミック。この作業場の監督者だ」
ズミックと名乗ったオッサンは鞭を手にしており、それを弄びながら下品な笑みを浮かべながら俺達にこう告げる。
「いいか、これからお前達には一切の自由というものはない。朝から晩までぶっ倒れるまで働いてもらうから、覚悟しておけ」
ズミックは手にしていた鞭をビシッと地面に叩きつけて、子供達を怯えさせる。
「まあ、そう怯えるな。確かにお前達に自由はない。だが、その代わりにきちんと働けば屋根のある家で眠れるし、朝と晩には食事が出るんだ。どうだ? スラムよりも安定した生活だろう?」
ズミックはいやらしく口の端を上げながらそう言った。
「しょ、食事が出るんですか?」
子供の一人が声を上げると、ズミックは満足そうこう答える。
「あぁ、そうともさ。だからしっかり働くんだぞぉ?」
ズミックの言葉に、何人かの子供達は安堵の表情を浮かべていた。
スラムでの生活は確かに不安定ではあったが、自由があった。
一方、ここの奴隷生活は自由がない代わりに、生活が不安定である。
どちらの方が俺にとって良かったかと言えば、そんなのは爺さんがいた前者に決まっている。
「――っと、そうだ。一つ言い忘れてた」
ズミックはなぜか俺の方を見ながら、こんなことを言い出した。
「ここから逃げようなどとは考えるなよ? もし逃げ出したことが発覚したら、お前ら全員が連帯責任でヒドイ目に遭うんだからな」
…………コイツめ。
これまでの経験上、奴隷達が何度も脱走を試みているのを知っているのだ。
ある意味では人を見る目があるともいえるが、やりづらくて仕方がない。
まだ何もしてない初日から目を付けられるなんて、俺もほとほと運が悪い。
「オレ様からの説明は以上だ。細かい作業のやり方や、ここでの生活の仕方は同じ奴隷の諸先輩方から教わってくれよ? ガッハッハッハ!!」
それだけ言うと、ズミックは奥の奴隷管理棟の中へ引っ込んで行った。
この世界の身分は王侯貴族の女性 > 王侯貴族の男性 >= 平民女性 > 平民男性 > 奴隷となっている。
魔法が使える女性が身分社会の上位におり、女子の奴隷は存在しないから、男の奴隷は実質的に社会の最底辺に位置される。
スラムの次は奴隷に落とされるって、マジでどうなってんだよ、俺の異世界転生ライフは……
それから俺達は各々に仕事が宛がわれた。
俺の担当は外壁を積み上げるのに必要な石を運び出すという、いかにも奴隷らしい労働である。
ったく、6歳の子供にそんな重労働を課すなよ。
労基法違反もいいところだ。
心の中でそんな愚痴を唱えながら、俺は奴隷としての生活を余儀なくされたのだった。
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