第2話 スラムの皇子 前編

「コレとコレ、あとコレも、と……」


 スラム街にあるゴミ置き場で、ボロ布を纏った俺は朝からゴミ漁りをしていた。


 実の祖母である女皇に棄てられてから早6年、父ギルバートの計らいにより俺は辛くも死を免れた。


 俺が生まれた日の夜、父は従者に命じ、密かに俺を皇都からほどなく離れたムースベリという都市に棄てさせた。


 さすがに女皇のお膝元である皇都に棄てるわけにはいかないのは理解できるが、まさか都市の外れにあるスラムに棄てられるとは思わなかったな。


 俺を棄てた父の従者め、面倒事を押し付けられたからといって適当な仕事をしやがって。


 しかもこのスラム、俺を含めて男しか存在しない。


 この世界では、女性であれば全員が魔法を使える。


 魔法が使えれば日常生活はもちろんのこと、農作業や戦場などの仕事で大いに活躍が出来る。


 だから、孤児となっても女子であれば引き取り手が数多あまたあるのだ。


 特に女子がいない家庭は喉から手が出るほどのニーズがある。


 そりゃそうだろう。


 火を起こすのも魔法、水を飲むのも魔法、土を耕すのも魔法なら、洗濯物を乾かすのも魔法で出来るのだから。


 一方、男子は成長しても魔法が使えず、それゆえに女子に比べて社会的な地位はかなり低い。


 そういう事情で、スラムにいるのは全員が男ってわけだ


 まあ、男でも働こうと思えば働き口はいくらでもある。


 だが、スラムに住む6歳の子供を雇おうなんて奇特な人間はいるはずもない。


 しかも俺は皇族の証である星芒形アステロイドを隠す為に左目を布で隠しているから、"病気持ち"か何かと疑われて余計に人から敬遠されやすい。


 それに俺が決して生まれないはずの皇族の男子だと周囲に知られたら、大騒ぎになることは目に見えているからな。


 結局、今の俺に出来ることはこうしてゴミを漁ることくらいだった。


「――お、これは中々の上物じゃないか」


 俺はゴミの中から金目になりそうな一品を見つけると、先に見つけておいたクマのぬいぐるみの破けている腹の中にそれを埋めた。


「今日はこんなもんかな」


 俺は戦利品を抱えながら、ゴミ置き場を後にすることにした。


 あとは拾ったこれらを適当に磨くなり修理するなりして、都市の古道具屋に持っていけば金と交換してもらえる。


 そうして日銭を稼ぐのが俺の日課だった。


「――おぅ、ゼフィール。今日もゴミ拾いか? 精が出るじゃねか」


 ゴミを抱えてスラムを歩いていた俺の前に、2人組の男が立ち塞がった。


 どちらも年齢は17~18歳くらいだろうか。


 スラムの住人らしく、小汚い恰好に薄汚れたナイフを手にしていた。


 彼らはゲリックとゴンといい、このスラムではちょっとした有名人である。


 もちろん悪い方の意味で、ではあるが。


「そうだよ、見てのとおり俺は忙しいんだ。悪いがお前らに構っている暇はない」


 俺が彼らの横を通り過ぎようとしたら、ゲリックに肩を掴まれた。


「おいおい、つれねぇなぁ、ゼフィール。オレたちゃじゃねえか」


 ゼフィールというのは俺の名前であり、このスラムで俺を拾った育ての親に付けられた名前だ。


「トモダチだと思うなら邪魔するなよ。俺はお前らと違ってきちんと働いて――がっ?!」


 俺が最後まで言わ終わらない内に、ゲリックの拳が顔面に飛んで来た。


 俺は両手に抱えていた戦利品を地面にバラ撒きながら、吹っ飛ばされる。


「ハッ、ゴミ拾いが労働とは笑わせるぜっ」


 ぐっ、ちっくしょう……


 俺が鼻を手でぬぐうと、拳に鼻血が付着していた。


 6歳の俺が一回りも年齢の違うコイツら、しかも2人を相手に敵うはずがない。


「安心しろ、ゼフィール。お前が拾って来たゴミはオレ達が責任を持って預かってやるからよぉ」


 ゲリックの隣にいたゴンが地面に落ちていた俺の戦利品を拾い始めた。


「……待て。そのクマのぬいぐるみだけは置いていけ」


 俺はヨロヨロと立ち上がりながら、ゲリック達をめ付けた。


「ぬいぐるみぃ?」


 ゲリックとゴンは一瞬、互いの顔を見合わせると、下品な声を上げて笑い出した。


「ぎゃっはっは! あぁ、いいともゼフィール。こんなガキのおもちゃはお前にこそ相応しい」


 ゴンは俺の立っている方へクマのぬいぐるみを俺に向かって蹴飛ばした。


 俺はぬいぐるみをしっかりとキャッチすると、ゲリックとゴンがその場を去るまでその場から動かずにいた。


 …………行ったか。


 俺は彼らの姿が見えなくなったことを確認すると、急いで都市の古道具屋へと駆け出した。


 俺がアイツらにこういう仕打ちを受けるのは、今日が初めてというわけではない。


 だから、さすがに学習もする。


 アイツらに盗られた戦利品はブラフ、本命はこのぬいぐるみである。


 俺は都市の中を突っ切ると、真っ直ぐに馴染みの古道具屋の店へと駆け込んだ。


「いらっしゃませ――なんだ、ゼフィールか」


 古道具屋のカウンタ―奥にいたおっちゃんはがっくりと肩を落としていた。


「……お前、もうこの店には来るなと言っただろう」


 気弱そうなおっちゃんは周囲を窺うようにしながら声を落として、俺に声をかけた。


「まあ、そう言うなよ。今日は掘り出し物を持って来たんだからさ」


 俺はクマのぬいぐるみの破けている腹の中に手を突っ込み、拾って来たブツを取り出しておっちゃんに見せた。


「――こいつは万年筆じゃないか、それも銀製の」


「な、悪くない品物だろ?」


 ゴミの中にはこうした掘り出し物が稀に紛れ込んでいる。


 ゲリック達に奪われた物を全部売り払ったとしても、この万年筆に勝る値段は付かないだろう。


「う~ん、これは確かに……いや待て。お前、これは盗品じゃないだろうな?」


 おっちゃんは疑いの眼差しをぶつけて来た。


「盗むんだったらもっと値の張るヤツを盗んでくるさ。わざわざインク汚れの付いた万年筆なんて持ってくるかよ」


「それもそうか……」


 おっちゃんは諦めたように被りを振ると、懐から硬貨を取り出してカウンターの上に置いた。


「――銀貨2枚だ」


「おいおい、銀製の品物がどうして銀貨2枚なんだ? おかしいだろ」


「こんな使い古されて汚れてるのに、おかしいもクソもあるか。文句があるなら他所へ行け」


「そんなこと言わずにさ、もう一声――」


 俺達が押し問答を続けていたら、店の奥からおばちゃんが顔を出した。


「何だい、騒々しいね――って、あんた!! またそのスラムのガキを店に入れたのかい?!」


 おっと、こりゃマズイ。


 俺は素早くおっちゃんから銀貨2枚を受け取ると、それをクマのぬいぐるみの腹の中に隠した。


「さっさと出てお行き! この疫病神が! 『水の弾丸ウォーターバレット』!!」


 おばちゃんが放った魔法の水圧弾をまともに食らった俺は、店の外まで吹き飛ばされてしまった。


「二度と来るんじゃないよ、このスラムのゴミめっ!!」


 おばちゃんは怒鳴り声を上げながら、勢いよく店の扉を閉める。


 都市の通路に吹っ飛ばされた俺は、魔法でずぶ濡れになりながらもクマのぬいぐるみをしっかりと脇に抱えて立ち上がった。


「っ……いってぇなぁ、クソ……」


 そう愚痴ってはみるものの、こんなのは日常茶飯事だからな。


 これくらいでくじけているようでは、とてもこの世界では生きてはいけない。


 通行人から奇異の目で見られながらも、俺は気にしないフリをしてその場から立ち去った。

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