転生したら、魔法が使える男は俺だけだった

白金龍

第1章:幼年期編

第1話 棄てられた皇子

「我がガスティア皇国に男子など不要です。棄ててしまいなさい」


 窓の外から雷鳴が轟く深夜、俺はイカついオバハンに死刑宣告を受けていた。


 オバハンは白髪交じりの赤い髪をしており、彼女の言葉や服装からしてオバハンはガスティア皇国という国家の皇族らしいことがうかがえる。


「は、母上っ?! 一体、何を仰っているのですか?!」


 ベッドの上でネイビー色の長い髪をした若い女性が、侍女に支えながらオバハンに食ってかかる。


 彼女は出産直後ということでかなり疲弊しているようだった。


「アストライド、あなたも皇族ならわかるでしょう。ガスティア皇国1200年の歴史の中で、男子が誕生した前例など一度もないということを。況してや双子などとは……こんな凶兆は聞いたことがありません」


「そ、それは……そうですけれども……」


「男子など成長しても魔法が使えない役立たずです。かような存在を公にしては皇族の恥となりましょう」


「ですが……ですが、お母様! 生まれたばかりの我が子を棄てるなんて、わたくしには出来ませんっ!」


 2人の問答は続くが、ベッドの上にいる若い女性の方が押し負けそうである。


 これは一度、状況を整理した方が良さそうだな。


 俺はつい先ほどまで、日本という国で高校生をやっていた。


 その学校の帰り、道路で怯えている子猫を助けようとしたら、トラックに轢かれてしまった。


 次に目が覚めた瞬間、イカついオバハンに死刑宣告を受けた――というわけだ。


 どうやら俺は異世界転生を果たしたらしい。


 今の俺はベビーベッドに寝かされているのだが、俺の隣にはすやすやと寝息を立てているもう一人の赤ん坊がいる。


 多分、女の子だろう。


 オバハンが双子と言っていたから多分、俺の姉か妹になるわけだが、何となく妹であるような気がする。


 そして、ベッドの上でオバハンに抗議している若い女性が俺達の母親なのだろう。


 年齢は20歳そこそこだろうか。


 お産の直後で若干やつれてはいるものの、それでも10人の男がいたら9人は美人と答えるであろう美貌の持ち主である。


 一方、イカついオバハンは若い頃はいざ知らず、ずっと眉間に皺を寄せたまま恰幅のよい体格をふんぞり返らせて、傲慢と専横を体現したような存在感を放っていた。


 オバハンは母から「お母様」と呼ばれていたから、きっと俺にとっては祖母に当たるのだろう。


 で、この祖母が言うにはこの世界では男は魔法が使えないらしい。


 更にはこの国の歴史上、男子が誕生したことなど1200年の内で一度もないという。


 そんな俺を国民に公表することを嫌い、棄てようとしている――ということらしい。


 部屋を見渡してみると、俺達の他には出産の手助けをしたと思われる産婆と数名の侍女達がいる。


 内装は一体どれくらいの金をかけたのか首を捻りたくなるくらいには豪奢であることから、ここは母や祖母の住まう皇宮なんだろうと察せられた。


 つーか、生まれたばかりの赤ん坊ってこんなに視力が発達してるんだっけ?


 本来はもっと視界がぼんやりしているはずだし、色覚だって白黒グレー以外を認識することは出来ないはずなんだが。


 そして、彼女らの言葉も日本語ではないはずなのに、俺は完璧に理解出来てしまう。


 ……まあ、深く考えてもしょうがないか。


 これらは転生特典のようなものだと思って、ありがたく受け取っておくことにしよう。


「――せめて、この左目に映っている星芒形アステロイドさえなければ平民として生かしても良かったのですが」


 祖母は上から見下ろしながら、俺の左目を注視していた。


 よく見れば、母と祖母の瞳にも星芒形アステロイドの紋様が刻まれていた。


 但し、俺とは違って両目に、ではあったが。


 おそらく、この瞳の紋様こそが皇族の証なのだろう。


 母の名前アストライドは、この星芒形アステロイドにちなんでつけられたことは想像に難くない。


「――これ以上の問答は無用です。そこの貴女、さっさとこの子を連れ出しなさい」


 祖母に命じられた産婆が困ったような表情をしながらも、ベビーベッドで寝ている俺を抱き上げる。


「お、お待ち下さい、お母様!! その子はわたくしがお腹を痛めて産んだ大切な……大切な宝物なのです!!」


 そうだ母、もっと言ってやれ。


 俺だって転生早々棄てれられるなんて、まっぴら御免だ。


「いいですか、アストライド。これは母としてではなく、ガスティア皇国女皇じょこうヴィクトワール13世としての命令なのです。異論は認めません」


 祖母はそう吐き捨てると、さっさと部屋を出て行ってしまった。


「お母様っ!! どうか、どうかもう一度お考え直しを――!!」


「……申し訳ありません、アストライド様」


 母アストライドの必死な叫びも虚しく、産婆は俺を抱えたまま祖母の後を追うように部屋を出て行こうとする。


「すまない」と思う気持ちがあるなら、産婆も少しは抵抗しろよ。


 しかし、どれだけ俺が叫ぼうとしても「おぎゃあ」という泣き声にしかならず、産婆は泣き叫ぶ俺を抱えたまま部屋を出てしまった。


 部屋を出ると左右に長い廊下が続いており、右奥の廊下から一人の若い男性がこちらに向かって早足にやって来た。


「生まれたのか?! おぉ、おぉ……これが我が子か……!」


 彼は愛おしそうに俺を抱き留めると、俺の頬を軽く撫でて来た。


 どうやらこの人が俺の父親らしい。


 プラチナブロンドの髪に、程よく引き締まった体躯。


 かなりのイケメンなのだが、残念なことに俺はこの父ともここでオサラバしてしまうようだ。


「ギルバート殿下、実は――」


 産婆から事情を聞いていたギルバートという名前の父は、次第にその表情を絶望色に染め上げていった。


「…………いくら陛下の命とはいえ、我が子にそのようなむごいことなど……」


「お気持ちはお察しいたします。ですが、ワタクシにはどうすることも出来ませんで……」


 産婆は頭を垂れて己の無力さを吐露していた。


 父は再び胸に抱いている俺の方に顔を向けて憐憫れんびんの情を表すと、ポツリとこう漏らした。


「一つだけ確認したい。陛下は『棄てろ』と命じられたのだな? 『殺せ』ではなく?」


「は、はい……それは確かでございます」


「――そうか、わかった」


 父は何かを決意したように顔を上げると、俺を抱いたまま産婆に背を向けて長い廊下を早足に歩いて行った。


 父の様子から察するに、俺が殺されることはないようだが……


 一体どうなっちまんだ、俺の異世界転生ライフは?

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