第7話 登城

アンジュが16歳の誕生日を迎える頃になると、引き伸ばされていた王太子からの「登城せよ」との連絡が来るようになっていた。


(――大丈夫。今の私なら……きっと、殿下の隣に立っても恥ずかしくないはずだわ)


数々の事業を成功させていたアンジュにも、自信がついてきた頃だった。

平民たちも、「しこめひめだろうが関係ない」と、彼女の中身を見てくれるようになっていた。


(この縁談を成功させなければ……何としても!)


両親とリーチェ、侍女のメイラや料理長などに見送られながら、アンジュは初めて王城へ向かうこととなった。

無論、侯爵であるアンジュの父は何度も王城へ行ったことがあるのだが、今回はアンジュだけが呼び出されたのだ。

父親が出て行っては野暮というもの。


「お姉様、きっと大丈夫よね……!」

「ええ。素晴らしい姉を持ったことを誇りなさい、リーチェ」

「はい!」


リーチェはずっと姉を隣で見て来たことから、来年デビュタントを迎えた後は何か事業を任せてやる、と父親にも言われていたところだった。


さて、王城へ到着したアンジュ。

周囲を余計に驚かせないよう、相変わらずヴェールで顔を隠し、念には念を入れて扇子で顔を覆って馬車を降りた。


王宮侍女たちが案内してくれたサロンで、アンジュは王太子を待っていた。


アンジュの活躍は当然フォルテの耳にだって届いているはずだ。

この一年の間であっという間に、「しこめひめが王妃などもっての外」という意見はなりを潜めていた。


乱暴なドカドカという足音が聞こえてくるなり、サロンの扉をバァンと開けて現れたその人こそ、王太子フォルテだった。


そして座るが早いか、「其方の活躍は多数耳にしておるぞ!」と急いて言った。


「ごきげんよう、王太子殿下」


王太子の登場に、立ち上がってカーテシーをするアンジュに「良い良い。座れ」と言ったフォルテは、アンジュと向かいの長椅子にドカッと腰を掛けた。


「見事である、アンゼリカ!」

「身に余る光栄にございます」

「其方は自身のみの力で、この私に相応しい王妃候補であると示したのであるな!」

「はいっ……?」

「いつまでその薄布をかけておるのだ。私は其方の不美人な顔が見たいぞ」

「こ、これは失礼いたしました……」


不美人な顔が見たい、とは物好きな殿下である、と思いながらもアンジュはヴェールをめくった。


「うむ! 今日もまた一段と不美人であるな!」


(――褒め言葉になってないんですけどね……)


フォルテとしては、最大の賛辞のつもりであった。


「しかしなんだ? 良い香りがするな。肌つやも良いではないか」

「え、ええ。せっけ……アンゼリカサボンの開発の後に、『香水』という香る水を開発しまして……あっ、肌につきましては『化粧水』というものを作りまして……」

「ほう、香水に化粧水とな」


気になったフォルテが、向かいの長椅子から移動してアンジュの隣に座り込む。


「あ、あの、殿下近いです……」

「いずれ結婚するのだぞ? 近くても困らぬだろう」

「え、ええ……そうですが……」


ずいずいと迫って来るフォルテが、アンジュは若干苦手だった。

何しろ、『暴君』とは言えど、とびきりの美少年に言い寄られるのは前世でも今世でも初めでのことだったから。

事実、2人のやり取りに、侍女たちは微笑ましいと言わんばかりの笑みを送っていた。

今ではすっかり、「しこめひめは王太子妃に相応しい」との声が民衆から上がるほどであった。

むしろ、「しこめひめに暴君の手綱を引いて欲しい」と貴族たちの間からも声が上がるようになっていたほどに、アンジュの活躍は目覚ましいものであった。


「それで、婚約発表パーティーはいつにする?」

「え、ええ?」


アンジュが『登城した』=婚約OK!とみなしたフォルテがさっそく王太子妃お披露目パーティーを開こうと提案してきた。

すでに、皆に「アンジュと婚約した」と言いふらしたくて仕方のない様子のフォルテ。

もちろん現王――フォルテの父――も、現王妃――フォルテの母――も、「アンゼリカ嬢ならば」と首を縦に振っているとのことだった。

他にも王位継承権を持った弟たちは数人いたが、どの者もフォルテにはいろんな面で勝てず、王位継承権自体を辞退する者まで現れてきた次第だ。


(――これで本当に、ストーリーは変わったのかしら……)


いや、変わったはずだ。

まず『シャリテの城壁』に「アンゼリカサボン」は登場していない。

平民が読み書き計算を学べる施設だって、剣術や体術を学べる施設だってなかった。

今や平民出身の騎士見習いの方が多いとまで言われているほどだ。

もちろん、先陣を切ったのは『この物語』の主人公であるアッシュであろうが。


この頃になると、フォルテとアッシュはすでに顔見知りとなっていた。

『平民出身の騎士』に興味を持ったフォルテが自ら会いに行ったためである。

『シャリテの城壁』のストーリー通りであれば、フォルテがアッシュに剣術での対決を申し込み、負けたことで二人の確執が始まるはずだった。

しかし、アンジュが聞いた限りではフォルテはアッシュに対決を申し込んですらいなかったというのだ。


(変わってる。確実に変わってるわ。――でも、ハッピーエンドに導かなければいけないのよね……)


それには、魔物討伐は付き物である。

知能の高い魔物に隊を分断させられたアッシュとレイヴンは二手に分かれ、そして二度と顔を合わせることなくレイヴンの死を一方的に知らされることとなる。

そして城塞都市の城壁は破られ、城壁の中へ魔物を招き入れてしまい、狙われたリーチェを庇ってアンジュが死ぬ、というのが「これから起こること」だった。


先手を打って、アンジュはフォルテに尋ねた。


「殿下、もしもですよ」

「何だ、何でも申してみよ」


いつの間にかフォルテの膝に乗せられていたアンジュが「これから起こること」をふんわりと伝える。


「知能のある魔物が現れたらどうしますか?」

「はははっ! 私の婚約者は面白いことを言う!」


すっかり『婚約者』の椅子に座らされたアンジュの疑念を吹き飛ばすようにフォルテは笑った。


「笑い事ではありません、殿下」

「わかっておる。知能のある魔物とは、人間同士の争いということであるな?」


(ちょっと違うんだけど……)


しかし、あながち間違いでもない。

知能があるから愛着が湧く。

知能があるから憎悪も抱く。

それは他でもない、知能がある人間だからこその感情である。


(まあ……確かに世の中には魔物のような人間は少なからずいるものね……)


ふと、自身の『前世の最期』を思い出すアンジュだった。

容姿が醜いことは罪なのか?

その答えを、まさかダークファンタジーの漫画の世界で得ることになろうとは思わずに。


「たとえ知能のある魔物が現れたとしても、我がシャリテの騎士団はそう簡単に負けはせぬ」

「それならば安心です」


若干の不安を抱きつつも、自信満々で天真爛漫なこの王太子が憎めなくなっていることを、アンジュは心のどこかで感じていた。

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しこめひめはハッピーエンドに導きたい 吉村悠姫 @yoshimura_yuki

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