第3話 開幕オリチャーはガバの元――2
一般人の死体というのは大してうま味がない。
生きたまま食べても経験値が少ない。死体喰らいのスキルがない状態で死体を食べた場合の獲得経験値はゼロだし、そのくせすぐにHPが無くなって死んでしまう。アンデッドは人間を食べて成長するのにこの仕様なので彼らを襲うというのはとても非効率的だ。
戦奴と呼ばれる経験値用のモブがこのゲームには存在するのだけど製作者サイド的にはそっちを狩ってねってことなんだと思う。実際少数の戦奴の群れであれば初期ステータスでも簡単に狩ることが出来るし、一回か多くても二回の狩りである程度のスキルも手に入り一段階進化出来るゲームバランスになっている。その一方村人や商人なんかを襲っているとそこまで成長するのにそこそこ時間がかかってしまう。
だが、死体喰らいのスキルを獲得する最短の道はこの一般人の死体を食べることである。
五十人の死体を食べる。
この実績を解除するには一般人を襲うか壊滅状態の村を漁るのが手っ取り早い。
一度に五十人以上の死体なんてそうそう見つかるものではないし、かといって戦奴を態々殺してから食べるのは折角の経験値が五十人分も無駄にしてしまう。このゲームの経験値入手は捕食時であり相手を倒した時ではないのだ。食べなきゃゾンビは育たない。
だからその村を見つけたのはオレにとって非常に幸先の良いスタートだった。
「うぉっ、リアルなグロさ。や、今はここがリアルなんだから当たり前か」
ゲームのイベントスチルのような光景を前にオレは改めてこの最高のゲームの中に入ってきたのだと実感する。
死体と血の匂い立ち込める村は、それはもう酷い有様だった。凄惨な事件が起きてからそう時間が経っていないのか、まだ瑞々しい肉が村中所せましに動き回っている。どうやら下手人の種族は今のオレと同じ普通のゾンビ。もっとも多く最も弱いアンデッド。重鈍な動きで食料を求めあちらこちらとよたよた大勢歩きまわっていた。
オレは彼らの一人の頭を後ろから掴むと、力を込めてその頭蓋に膝をぶつけた。
ゾンビの弱点は分かりやすく頭部。既に死体の彼らに対しこういう言い方が正しいのかは知らないけど、頭を吹っ飛ばせばゾンビは死ぬのだ。高レベルのゾンビは頭を失うことがトリガーになって突然変異することもあるが、成りたての低レベルゾンビにそれが起きることもなし。
ゾンビは生きた人間を積極的に食う習性を持つ。だからオレが彼らに近づいても一切敵対的な行動を取られることがない。ゾンビは食べても美味しくないから。そして最低ランクの種族ということもあってゾンビの知性のステータスは非常に低く設定されている。ほぼ自意識や自我なんてものはない、きっと本能の赴くまま欲望に従って動いているだけ。生前の記憶も持っていないだろう。
手当たり次第にオレは村のゾンビを狩っていく。敵キャラのアンデッドハンターも真っ青の手際だった。どういう訳かこのアンデッドの体は敵の倒し方みたいな戦う動作を知っているみたいなのだ。そうしようと動けば勝手に体が動くというか、ゲームでコマンドを入力するとキャラがコマンドの通りに動く感じ。背後を取ってAボタンで攻撃、みたいな。
ものの数分で村は動く死体の楽園から動かない死体の楽園へ早変わり。
それじゃあ早速いただきます。
「むぐっ、むぐっ……」
死体を食べることに不思議と抵抗感はなかった。所詮は経験値、そんなものに対してオレは感傷を抱かない。殺す殺さないだとか一々気にしていたらどんなゲームでもレベリングにならないし、多分これはゲーマーとして普通のこと。稼ぎ稼ぎ。
死体は正直、本能的に食欲はそそられるけどいざ食べてみるとそんなに美味しくない。ぐずぐずぶにぶに。人肉って食用に管理生産された訳でもないから仕方ないかもしれないけど。味付けのないジビエ料理ってこんなんだと勝手に思った。生だしそれより酷いかも。
経験値は得られない、味覚的にも終わってる。二つの意味で不味い食事を続けていると、ピコンとメニューバーが視界に登場。
【実績:無益な食欲――死体を初めて捕食】
……あと四十九回。
ゾンビの体とは不思議なもので、一人分の肉を食べたにも関わらずまったくお腹は膨れていなかった。大人一人を六十キロと仮定してもかなりの量のお肉を食べたはずなのに、外見的にも感覚的にも全然食べた気がしない。オレが飲み込んだお肉は一体どこにいってしまったのか。
捕食が主体のゲームなのだから満腹で食べられない、なんてマヌケな事態にならないようにするゲーム的な都合なんだろうきっと。
腹部の謎空間に死体を詰め込む作業を続ける。二人。三人。五人。十人。ピコン。
【実績:無益な飢餓感――死体を十体捕食】
骨ごとバリバリ、スジも何もかも気にせずムシャムシャムシャムシャ。
ピコン。
【実績:貪欲なる死者――死体を五十体捕食】
子どももいたから実際はもっと少ないだろうけど三トン近くの人間の死体を腹に収め終えると、再び実績アイコンが赤黒く点灯し、スキルパネルが解放された。
スキル死体喰らい、ゲットだぜ。
これで動かない死体や動く死体を直接経験値にすることが出来るようになった。ここまで体感一時間、RTA最高の出だしである。
「っと、経験値獲得の目途も立ったし次は手駒作りか。生存者は……いないよな、多分」
動かない死体は死体喰らいを以てしても経験値効率が悪い。最低限の捕食を終わらせオレは一応村の中を探索することにした。
原作におけるランダムポップの小さな村はアンデッドに襲われた後も低確率で生存者が残っていたりした。大抵の場合荒されまくった村には死体以外何も残っていないけれど、生存者がいた場合そいつがなにかしらのアイテムを落とすことがあった。狩らない理由はない。
それに汚染能力のあるゾンビは手駒を作るのに最適だ。一人をゾンビに変えてそいつを適当な村や町に放てば勝手に自陣営が増えていく。もっとも、今回はゾンビ絶滅エンドを目指す訳だからあまり仲間を増やし過ぎるのも不都合なのだが。
「……たい、いたいよお父さん」
「ん?」
生存者の声がした。
声のする物陰を覗き込むと、そこには大柄のゾンビに絶賛捕食されている少女の姿があった。
「なにやってんだもったいねぇ! ふざけんな殺すぞ!」
咄嗟にオレは少女に覆いかぶさっていたそのゾンビを蹴り飛ばした。衝撃でゾンビの脇腹が爆ぜ、中のものをあたりにぶちまけた。黒く毒々しい液体が周囲に広がり大地を汚染していく。オレの足にも少しついた。
だが問題ない。オレは元々ゾンビなのだ。ゾンビには当然ゾンビの汚染なんて聞かない。電気ウナギは自分の電気で感電するがフグはフグ毒で死なないのだ。
「あぁ既に噛まれてやがるっ、クソっ、クソっ! 最初の一人を見つけるまでが不安定要素なんだぞこっちは!」
少女の体には齧られた形跡があった。強引に破かれた服の下から真っ赤な血が噴き出している。どう考えても助からない、あと数分ほどで動く死体か動かない死体になる。
せっかくの短縮要素を目の前で台無しにされたオレは倒れこんだゾンビの頭部を踏み潰し……待てよ?
「まだ生きてるってことは、オレが殺せば親はオレになるんじゃね?」
ゲーム内イベントでそういう事例は詳しく描かれていなかった。アンデッドに襲われた者はアンデッド化することがある。そしてその種族は死因依存。
ならば、可能性はある。
襤褸雑巾のような少女を持ち上げる。既に意識はなく、荒い息遣いは次第に弱まっている気さえした。誰がどうみてももう助からない。
駄目で元々、失敗してもロスは少ない。
ここでオリチャーを発動、死にかけの生存者にとどめを刺すことで汚染からの眷属化を図ります。
オレは少女の首元に思い切り噛みついた。
Z-A ゾンビスレイヤー・アナザー ――もう一つのゾンビゲーム―― チモ吉 @timokiti
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