第6話 黒い靄

 わたしの予想は合っていたようだ。



「お嬢様、目が覚めたのですね。」


 嬉しそうに綻ばせた顔は、先ほどと同じく黒い靄がかかっていた。しかし、声も仕草も昔馴染みのものだった。



「ええ。心配をかけて、ごめんなさい。」

「そんな、お嬢様が無事で何よりです。」


 いつものように話せば、いつものように返ってくる。やっぱりこの子はハンナだ。

 変なのがこの学校にいるわけではないことが分かり、少しホッとした。


「お嬢様、寮の部屋まで案内いたしますよ。」

「ありがとう。お願いするわね。」


 ハンナに連れられて、わたしは自室へと向かった。




 …………そういえば、どうして靄がかかって見えるようになったのだろう。


 こうなったのは気絶してからだから、やっぱり魔力測定で何かあったと考えるのが妥当だろうか。視覚に異常が出た……とするには、この靄はあまりに不気味な感じがする。多分視覚だけの問題じゃない。

 だとすると、やっぱり通常見えないものが見えるようになった?



「お嬢様、どうされましたか?ずいぶん思いつめた表情をしていらっしゃいますが……。」


 ハンナが心配そうに声をかける。

 すると、それに呼応するかのように、顔にかかった靄がざわ、と揺れたのが見えた。


(…………?)


「お嬢様?」

「……ううん、なんでもないわ。」


 気のせい?

 いや、そんなはずはない。現に今も、ぐるぐると揺らいでいる。まるでそこに“ある”かのように。それこそ触ろうと思えば触れそうなくらいに。


 ……もしかしたら。



「……ハンナ、ちょっと失礼。」

「お嬢様、何を……、!」


 わたしはその靄に手を突っ込んでみた。


 初めは空気を触っているようだったが、やがてわずかに抵抗があることに気がついた。掴むようにして自分の方に持ってくれば、手の周りに靄がべっとりとついてきた。


「お嬢様?急にどうされましたか?」

「……ああ、ごめんなさい。ちょっと虫がいたような気がして。」


 さらりと嘘をつき、ぱ、と手を後ろに隠す。自分以外には見えないのだろうが、それでもなんだか、他の人には悟られてはいけないような気がしたから。


「心配かけてごめんなさいね。それじゃあ、おやすみなさい、ハンナ。」

「……おやすみなさいませ、お嬢様。」


 わたしは少々早口に挨拶を済ませ、逃げるように寮の部屋に入っていった。



 ボフッ、と音を立てて寮のベッドに飛び込む。窓の外はもう真っ暗で、いくつかの蝋燭の火が、心もとなく部屋を照らしている。


「……まったく、色々起こりすぎて疲れたわ。」


 保健室の先生の話によると、わたしは丸1日眠っていたらしい。ずっとうなされていた上に、回復魔法はうまく効かず、大変だったそうだ。

 それと、魔力測定の結果は、属性は『闇』、魔力は『極高』になったらしい。なんでも、水晶の破片に残った魔力と、血液を利用した魔力検査の結果なんだとか。


 ……やっぱり、魔力測定の時に、わたしの体に異変が起きたんだ。それでこんなに、目も、魔力も、変な風になっちゃったんだ。


「わたし、ただ穏やかに過ごしていたかっただけなのに……。」



 禍々しい靄に包まれたままの手を、薄暗い空中に掲げる。じっと見つめていると、靄はやがて、わたしの手の中に染み込むようにして消えていった。


(……分からないことが多すぎて、疲れちゃった。)


 異変の原因、手のひらに消えていった靄、何一つ分からない。分からないことを抱えたまま眠るのは、いつだって気持ちのいいものではない。


(なんだか、もう、生きるのが面倒くさく

なってきた。明日にでも、死んじゃおうかな。)


 そんなことを考えながらベッドに潜り込む。ここの校舎、結構高い所まであるし、最上階なら、きっと痛みは感じない。

 うん、明日、きっと明日。だから今日は、もう寝てしまおう。複雑なことを考えるのはもう疲れたから。


 明日のわたしが、きっとなんとかしてくれるはず。

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魔法少女、死して尚 やどくが @Garnet-Schreibt

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