第5話 保健室にて
目を覚ますと、見慣れない白い天井が目に映った。
辺りに漂う薬品の香り。白いベッドと、その周りを仕切る白いカーテン。清潔に保たれた掛け布団には、王立クレナージュ学園の校章が入っていた。
どうやらここは、学園の保健室らしい。
「どうして、ここに……?」
ベッドから身を起こすと、だれかがパタパタと近づき、カーテンを開けた。
「失礼します。オリヴィアさん、目が覚めたんですね。」
「はい、お陰様で――――――っ?!!」
ありえない光景に目を見開き、とっさに目を逸らす。
直視してはいけないものを見た気がして、ざわざわと心臓が恐怖で揺れている。
(なに?今見たのは……。)
もう一度確認しようと、恐る恐る目を上げる。先ほどよりもはっきりと見てしまったそれに、ひゅっと息を呑む。
カーテンを開けた“何か”の顔は、真っ黒でぐちゃぐちゃとした靄がかかっていた。
「どうかしましたか?まだどこか体調がよくないのですか?」
「っいえ、なんでもありません。」
落ち着け、落ち着け。
喧しい心臓の鼓動を抑えるために、何度も何度も心の中で唱える。
まだ相手が見た目通りの正体とは限らない。それに、顔が見れなくとも、相手が誰かは分かるはずだ。
白い手袋と白衣、身体から漂う薬草の香り。さらに校章をモチーフにしたブローチから察するに、恐らくこの人は学園の養護教諭(いわゆる保健室の先生)なのだろう。
ならば、正体が何であれ、あの靄については触れない方がよさそうだ。
「……ところで、どうしてわたしはここにいるんですか?」
なるべく平静を装う。
まずは現状把握だ。魔力測定のところまでしか記憶がないから、恐らくそこで何かあったんだろう。
「入学式の魔力測定、覚えていますか? あの時、測定用の水晶が壊れたんです。オリヴィアさんは、恐らくですが、その時の衝撃波で気を失いました。」
「それで、ここまで運ばれてきたと。」
はい、と先生は頷く。
目が慣れてきたのか、だんだんと先生の顔が見えるようになってきた。しかし不思議なことに靄が晴れてきているというわけではなく、まるで片目を開いたまま、それを何かで軽く覆ったときの視界みたいだ。
「オリヴィアさん、体調はいかがですか?吐き気や眩暈などはありますか?」
「いえ。むしろ身体が軽いくらいです。先生、ありがとうございます。」
「とんでもない、私はするべきことをしたまでですよ。ともかく、何ともなくてよかった。」
先生はほっとしたように顔を綻ばせた。靄ごしでもわかるぐらい、可愛らしい先生だ。
何かが先生に化けていて、この靄は先生の正体を霊感みたいなのが感じ取った結果じゃないか、と思ったが、あまりそうとは考えられない。
――――ひょっとして、この靄はわたしの視覚に異常があるからなのか?
「もし普通に歩けるようでしたら、寮に行ってみてはどうでしょう? 貴方の召使いのハンナさんに案内を頼んでありますよ。」
「そうですね。明日からの準備もありますし。ここは早々においとまいたします。」
なにより、ハンナに会えるのなら、この靄の答え合わせもできるだろうから。
お世話になりました、と軽く挨拶をして、わたしは保健室を後にした。
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