幕間 呪いの声

「――――――ッ?!!」



 ――この役立たずが!!!!



 急に、耳をつんざくような怒鳴り声が聞こえた。…………今でも脳裏にこびりついて離れない、あの日の怒号が。


 その声を皮切りに、声はどんどん増え、また大きくなっていった。




 ―――許さない、許さない、許さない、許さない、


 ―――いいなあ、あの人は。僕なんか、どうせ、


 ―――ああ、妬ましい、妬ましい、あいつが、あいつなんかが、


 ―――逃げ出したい、だって、こんなの、こんなの、


 ―――気持ち悪いなあ、目障りだ。


 ―――あいつ、やりやがった、やりやがった!


 ―――どうして、私だけ、こんな、こんなに、


 ―――あいつなんて、いなけりゃいいのに!!




 ……まるで怨嗟の声だ。


 耳をふさいでも、身体の内部から響くように、一向に小さくならない。むしろ、どんどん大きくなって、脳を直接揺さぶられているようだ。


 ああ、頭痛が、吐き気が、眩暈が、収まらない。ありとあらゆるものが体の中を逆流しているようだ。今立っているのか、倒れているのかも分からない。


 視界が、どんどん、暗くなって―――――









【どうしてあなたがいきているの?】



 聞き慣れた声に、はっと気づけば、わたしは真っ暗な空間にいた。



【ねえ、どうして?】



 目の前には、声の主がぽつんと立っていた。さっきまでの声は、遠いところで響いているのが聞こえる。

 目の前にいる少女は、わたしと同じくらいか、それより少し下くらいの――――



【……まちのひとたちを、あんなにしたのに。】



 ―――魔法少女だった頃のわたしだった。





【あのね、わたし、しんじゃったんだよ。】


 “わたし”は淡々と話し続ける。手に持つステッキにはめられたジュエルは、ボロボロに割れていた。


【あなたとおなじ12さいに、なれないまま。】


 魔法少女としての衣装は、ところどころ破れ、シミのような黒い跡がついている。見開いた瞳も同じように、真っ黒に染まっていた。


【なのに、あなただけいきている。どうして?】


 “わたし”は、とん、と、ステッキの先端をわたしの首に押しつけた。



【ねえ、きいてる?】


 うん、聞いているよ。


【あのひのこと、おぼえているでしょ。あのあと、わたしがどうしたかも。】


 もちろん。忘れた日なんて、一度だってない。


【なら、どうしていきているの? どうして、じぶんだけたすかろうとするの?】


 それは、まだ死ぬ覚悟ができていないからで、覚悟ができたらすぐにでも―――


【うそ。そうやってさきのばしにしようとしてる。ほんとうにざいあくかんがあったなら、もうとっくにしんでいるはずよ。】


 …………。


【いいわよね。おなかいっぱいおいしいごはんがたべれて、ふかふかのベッドでねむれて、だれもあなたのことをいじめなくって。そんなせいかつ、てばなしたくないわよね。】


【きぞく、だったかしら? うらやましいわ。きっと、いきているだけでみんなからたいせつにされるのでしょうね。】


【…………わたしなんて、なにをしてもじゃまにしかならなかったのに。】


 光のない瞳がぎょろりとこちらを見る。その目には憎しみがこめられていた。



【ねえ、まだいきていたい?まだしにたくない?】


 わたしは、首を縦にも横にも振れずにいた。


【………………ふぅん。いいわ、あなたがそのきなら。なら、“これ”はおきみやげよ。】


 “わたし”がそう言うとともに、首元に当てられたステッキが、禍々しい輝きを放つ。

 抵抗しようとしたが、だんだん視界がぼやけ、力が抜けていくせいで、何もできなかった。




 “わたし”は、静かに、しかし残酷に告げる。まるで死刑を宣告するように。


【あなたは、ずっとあのどなりごえからにげられないの。あなたはほんとうに、“やくたたず”になるのよ。】



 その言葉を最後に、わたしの意識はぷつりと途切れた。

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