第16話 雷撃毒刃
『こっちが片付き次第向かう、それまで耐えてくれ――』
爆発音と共に通信が途切れ、振動が廊下を隔て聞こえてくる。
主も交戦中。紫苑の行方はわからない。
「コドクだか何だか知らないケド、君の勝手にはさせないよ!」
芙蓉は頭を手で覆い笑い出す。
「ククク、勝手? 勝手と言ったかい? 人間の方が余程勝手だ! 私がしているのは人間がやったことの真似に過ぎない!」
「何を訳の分からないことを!」
芙蓉の背にある巨大な鎌、多関節から繰り出される攻撃は隙が無い。
鎌が当たった壁面から腐食と融解が始まる。只の毒じゃない、強酸性の猛毒だ。
芙蓉の鎌が振り下ろされるたびに床が裂け、壁に痕が刻まれる。
例えキョンシーであっても一撃で致命傷となるであろう毒は刃が触れなくても周囲に飛散する。燕飛の墨の挙動に近いが執拗さと威力が桁違いだ。
体内の雷気で身体を無理矢理動かす。
身体を走る雷気が、追い詰められるたびに激しさを増していく。
「自分の真名すら忘れさせれている君には理解できないだろう」
「真名? ボクの名前はメイメイ、只のキョンシーだ」
「只のキョンシー? それこそまやかしだ!」
鎌の一振り、部屋全体に弧を描いて毒がまき散らされる。
飛散する毒を肌に触れるギリギリで雷気によって蒸発させる。
避け続けることは不可能だ――
相手の毒の消費より、こちらの方が先に摩耗するのが目に見えてる。
常に身体全体に雷気を纏ったままでは近いうちに限界が訪れる。
「自分の意思を曲げることが出来る主を何故信じることが出来る!」
「主はそんなことしていない!」
ご主人がそんなこと、するはずがない!
自分の正体を問われても思い出すことすら出来なかった。
「あの男が本当の君の主人だという証拠は何処にもない」
「ボクの主は来夏錬ただ一人だ!」
怒りに任せ雷気を放ち芙蓉にぶつけるが手ごたえが無い。
……効いていないはずがない!
斬撃も毒も一撃で勝負を決める性能だ。
直接迫る斬撃を、体内を流れる雷気による高速移動で避け続ける。
神経が摩耗する痛みに耐え、内側から治癒を始める。
組織の破壊と再生が繰り返され体の中が沸騰するように熱い。
まるで生きているみたいだ。
――主は本当の主人ではないのかも知れない。
「ボクがそう思っているだけ……そんなはずない!」
主人は錬はボクの主だと認めてはくれない。
「無知は罪だ。君の主が消えれば思い出すかもしれない」
瞬間、異形と共に錬が壁を破り執務室に飛び込んでくる。八卦銃から顕現する鋼の盾。鋼鎧弾による物理防御が崩壊し主が地面に叩きつけられる。
「流石は最高傑作だ。最も優美な蛾と、全ての蟲を喰らう大蜘蛛を宿したんだね。」
飼い犬を撫でるかのように芙蓉は優しく触角を撫でいるが虚ろな貌は微動だにしない。白? あの受付に居た女の子がこんな姿になったのか?
淀んだ目の奥には無数の視線が宿りボクを睨む。
組み合わせも量もあべこべで只同じ肉体の中で継ぎ接ぎになった歪な魂。
救いと怒り、悲しみと殺戮の悦び。喜怒哀楽が混じり合って真っ黒に淀んでいる。
「ご主人!大丈夫!……じゃなさそうだね」
口から血を流し、手は火傷をしたように爛れていた。
肩を貸し主が立ち上がる、満身創痍。
このままだと絶対に殺られる――
よろめきながらは立ち上がった錬は八卦銃で芙蓉の額の呪符を捉える。
「……テメーがこの女をこんな姿に変えやがったのか?」
「だったら何だと言うんだい?」
錬は八卦銃で芙蓉の額の呪符を捉える。
「……テメーが瞑を殺したのか?!」
仙理異聞録 - Xianli Chronicles 夜灯見灯夜 @8103TY
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