第15話 火蛾
瞳から流れる体液は悔恨によるものではない。
形態変化によって体内から押し出された体液だ。
蛾と蜘蛛と人間を組み合わせた合成獣、天使とは似ても似つかない。
『……もう、さっきまでの私じゃなイ』
寝台を穿つ大槍の如き脚を避け、道衣を奪い取り八卦を構える。
わずかに身をかわした俺の頬を、鋭い風が切り裂くように走る。
鱗粉が白い視界を覆い、息をするのも苦しい。
八卦銃は本来対人兵器ではない。都市防衛用の呪砲を可能な限りコンパクトに凝縮した対魔砲だ。その設計思想と制圧力がこの宝器を選んだきっかけだった。だが、眼前にある少女だったものを撃つのに一抹の躊躇いがある。
――瞑も呪印でこうなっていたのかもしれない、メイメイが俺を主と思わない只の屍改であったとすれば俺は撃てるのだろうか。
白は最早扉から出ることは叶わなかった、コンクリートの壁面すら砂のように砕き切る鋭利な脚部。白だった異形に最早人の心は無い。
相手が蟲ならば、火行が有効か――
芙蓉との交戦とっておきたい弾だがここで温存も出来ない。
せめて苦しませず一撃で終わらせる!
俺は八卦銃を左手で支え、右手で弾倉を回す。
浄化の炎、火龍弾。照準の先に展開される八卦の”離”。
瞬間、火龍弾の刻印が閃き、銃口に赤い焔が宿る。
焦熱が掌を焼くが、それに耐え、白を貫くべくトリガーを引く。
火焔の奔流が疾走し、目標に直撃する。
弾に込めた仙力により出力を増した業火が白の白い羽と体毛を焼き尽くし
身体を壁面に叩きつけ悶え苦しむ異形。甲殻はひび割れ、体液は蒸発し淡白質とキチン質が焼ける匂いが周囲に蔓延する。
『メイメイ聞こえるか?』
『…聴こえてる。――芙蓉はやっぱり人間じゃない』
『こっちが片付き次第向かう、それまで耐えてくれ――』
これだけ大掛かりな呪式と人体改造を行える敵だ。
メイメイ単独で渡り合うのは困難だろう。
メイメイが居るはずの執務室に向かおうとすると脚に粘性の白い糸が絡まり引き寄せられる。まだ生きているだと――
白は完全に消し炭になったはずだった。炎の中から無数の蟲が湧き上がり、燃え尽きる前に白の身体を再び形作る。無数の蝗、蜻蛉、百足。数えるのも悍ましい程の種類の蟲がより集まり身体を再構成していた。
メイメイの再生能力とは異なる。内丹ではなく外部による物理的な修復。
一度消失したはずの白が蟲によって再構成される。
それは最早白と言って良いものなのだろうか?
罪人が蜘蛛の糸を手繰り求めるのは希望だった。
だが蜘蛛が手繰る糸は殺意と欲望に過ぎない。
蜘蛛になり果てた少女、それが本来望む姿であるはずもない。
夢も希望も求めただけ奪われる。
無数の命を犠牲に醜悪な自分の人生を繋いでいく。
そんな人でなしは俺だけで十分だ。
無数の蟲の魂が入り混じる白には核が見つからない。どうする――
広間から見下ろす街明かりは部屋全体を囲む蜘蛛の糸に遮られ幻想的に空間を彩っている。片足だけなら抜けれたが、壁に追い詰められると逃げることは出来ない。
視界を妨げる鱗粉と周囲を取り囲む蜘蛛の糸によって仙気の流れも不明瞭だ。
「かかって来いよ、俺がお前を受け止めてやる。」
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