第14話 蟷螂夜想曲

芙蓉と二人だけの室内。本棚には大量の本や書類が並べられている。

旗袍に白衣を来た奇異な見た目に反してまるでテレビで見た学者の部屋のようだと思った。落ち着いた電球色の照明は華美な店内と似つかわしくない。


「では、面接を始めようか。」


ボクの前に芙蓉フヨウが現れ口角を上げる。芙蓉の目はまるで何かを見透かすかのように細められたまま、ボクの顔をじっと見る。紫色に透ける龍眼鏡サングラス。道士なら一つは持っているであろう装具ユーテリティ。主曰く、仙気の流れを視る眼鏡だ。可能な限り仙気を抑えて人並に近づける。


心音を聴かれない限り、キョンシーであることはバレないはず。


「ボク…私はメイ…といいます、ここは何をする場所なんですか~?」


なんとなくわかる。良くないことをする場所だってこと位。

今は時間稼ぎをするしかない。


「…本当に、何もわかってないのぉ?」


細い眼を見開いて、芙蓉は驚いてみせる。

爪化粧マニキュアが塗られた白く長い指を頬にあてボクを見つめる。


「彼らからは何も聞いていないのかい?」


主人と紫苑から聞いているのは、ボクが売り物の役だということだ。


「聞いてません。何も!」


打ち合わせ通り、無知を決め込む。というより事実ボクはよくわかっていない。

真実の中に嘘を混ぜる方が効果的だと、主は言っていた。


「かわいそうに、まぁ私が憐れむのも妙な話だけどねぇ。」


芙蓉は脚を組む、白衣と同じ白色のエナメルのブーツが煌めく。


「面接と言っても、君に拒否権はない。君は商品だから査定と言った方が正しい。」


いつもそうだ、ボクに拒否権はない。こんな格好してるのも

キョンシーとして生まれたことにも、自分で決めることなんて何一つない。


「そんなこと、いつものことだ…ですよ。」


つい口調が戻ってしまう。芙蓉を覗き見るが気にも留めていない。


「そう、私達・・に自由意志なんてない、私はそれを変えたいと思ってる。」


芙蓉は大袈裟に手を拡げ天を仰ぐ。


「――変えるって?」


「支配構造の変革だよ、我々が人の世を支配する。」


「わかりません、何を言っているのか…」


心の底から分からない。人間社会すらよくわかっていないボクには難しすぎる。

ただ自由を求める気持ちだけは理解できた。


「これからそれを教えてあげる。講義の時間だ――」


青蛾の城主。巣と呼ばれる住居で人を飼いならし。

娯楽と恐怖で支配する。紫苑がわかりやすいサンプルだ。


「――飲み物を取ってくるよ。」


芙蓉が給湯室に向かう。

部屋を抜け出す隙はなさそうだが霊鳥で連絡を試みる。

主にねだった霊鳥が此処で役立つとは思わなかった。


『主、主!こちらは今のところ問題ないよ、そっちは?』


――返答がない。白とかいう女の子と何かしてる!

何だよ、自分で言っておいて。とりあえず連絡は済ましたからね!


ヒールの、軽快な音はどこか楽し気で鼻歌さえ聞こえてきそうだった。

霊鳥を収納し、元の状態に芳しい香りと共に芙蓉が現れる。


「どうぞ?ゆっくり飲んで―」


紅茶にしては赤すぎるし、錆臭い。

駄目だ――これは飲むなと主に言われている。

だが怪しまれるわけにもいかない。震える手でカップを手に取る。

骨灰磁器ボーン・チャイナに注がれた生温い液体は紛れもなく血液だった。


「器も私が作ったんだ、沢山骨が余ってねぇ。昨今の世界経済を見るに持続可能性サステナビリティは大事だし、経営者としては無駄を省きたい。骨も皮も死体さえ無駄には出来ない、これは全てヒトがやってきたことだ。」


此処でで骨が余る理由など想像もしたくない。

命令(りせい)が拒絶し、本能が血(それ)を欲した。

命令りせいがボクを縛って手を震わせる。これを引き離さないと――!


芙蓉に磁器ごと頬り投げると、僅かな動作で避け壁にぶつかった磁器は粉々に粉砕される。血飛沫が芙蓉の顔を濡らし、芙蓉は長い二股舌スプリットタンでそれを舐めとり、恍惚の表情を浮かべる。ボクも血を飲むときは、あんな表情かおをしているのだろうか。


「…飲むなといわれているんだろ?仙気を抑えていても君が屍改どうぞくだということは、とっくに気が付いてたさ。」


「ボクはお前と同じなんかじゃない!」


「同じさ、君はまだボクのようにはなれないだろけど…!」


白衣を脱ぎ捨てると芙蓉の身体に仙気が溢れ、札と牙が顕現する。

ここまでは理解出来た――それはボクも同じだ。


歪な陰の気と共に現れる巨大な鎌を携えた四本の腕。

人間体の腕も甲殻に覆われ強度と鋭さを増す。

釈迦のように背中から伸びる腕はどう見ても有難いものじゃない。

これが屍改?ボクと同じ存在とは到底思えない。


「我が真名は”蟲毒こどく”忌呪に忌呪を重ね生まれ堕ちた成れの果て、さぁ講義の時間だ――」

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仙理異聞録 - Xianli Chronicles 夜灯見灯夜 @8103TY

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