30 雲壌/天地
みちるさんがぱちぱち瞬いて、そして僕を見た。ぱっちりとした大きな目が、僕を見た。
「お幸、なんて、良い名前を貰っていたんだね。わたし」
「みちるさん。……あ、じゃ、なくて」
お幸さん、だよね。そう言う僕に、お幸さんだったみちるさんは、うーん。と声を上げる。
「みちるの方がいいな。わたしだってもう、そっちの方がしっくりくるんだもん。わたしはみちる。それでいいんだよ。その方がいいんだよ」
みちるさんがそう言って、うひひ。と笑う。そしてもぞもぞ僕の腕から出て布団から出てころころ転がり始めた。
「幸せ、と、未だ散らない、じゃあ随分違うねぇ。きっとお幸は首だけになったときに死んじゃったんだよ。わたしはお幸のまんまではいられなかったけど、でもそのおかげであおくんとも会えたし、よっちゃんたちとも会えたし、これからだってきっと色んな人に会うんだと思う。不幸せになったわけじゃない。もしかしたらいつかわたしはみちるじゃなくなって、違う名前になったりするかもしれない。違う姿になったりするかもしれない。体が生えてきたりとか」
「体が?」
「ぬふふ。そんなこともあるかもしれない。でもどんな風になったって、わたしはわたしでないものにはならないんだね。だからおばあのことだって、ずーっと忘れてたけど、ちゃんと思い出せるんだね。あおくんのことも、忘れちゃってもきっと、思い出せるんだね」
ころころ転がっていたみちるさんが、ごろんとまた、こっちに戻ってきて、僕の腕にすっぽり収まる。
「それってあんまり悪くないなって、そう思うよ。あおくん、いっぱい色んなことしようね。そしたら何かの拍子に思い出せることがいっぱい増えるから」
「……うん」
ぱっちりとした大きな目が、僕を見つめる。もう全然気にならなくなってしまった顔に広がるあざは、痛々しいように思えるけれど、最初からずっと、みちるさんのものだ。みちるさんがみちるさんだって分かるための、特徴の一つだ。でももしこれがなくなっても、体がくっついていても、みちるさんはみちるさんで、僕の友達なんだ。きっとずっと、僕の友達だ。
みちるさんがにっこり笑う。僕も笑った。
みちるさん 須堂さくら @timesand
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