第6話 文芸部

「書かなくていい。僕が君の文字を書く」


「それって?」


「君が口にした文章を僕が文字にする」


 稀代の天才。三島由紀夫は編集者に口述筆記させていた、という逸話がある。三島由紀夫は本人が書かず、口にした文章を、編集者に書かせていた。口述筆記だ。


「三島由紀夫にできるならば僕たちもできる。一緒に口述筆記でラノベを作ろう!」


 入間は雪の右の手首を握り、一緒に図書室を出る。


・文芸部に入ると進級できる

・文章の書けない雪は口述筆記する


 この二点を踏まえて雪の妥協が目に見える。大人しくなった彼女を文芸部まで連れていく。


「金閣寺さん、連れてきました!」


「拉致してないでしょうね。あたし、捕まるのはごめんだから」


 さっそく文芸部の部長のモブ子を紹介する。


「こちら、モブ子。僕はラノベ維新。なぜかニックネームで呼びあうのが暗黙の了解なんだ」


「金閣寺雪です。よろしくお願いします」


「金閣寺さんは何て呼べばいい?」


「ラノベ、ちょっといきなりすぎじゃない?」


 モブ子はニックネームを決める前に文芸部の施設について案内する。


 紅茶やコーヒーを飲むのは自由。文芸部の本棚には純文学とライトノベルが隙間なく収納されており、主に、二人の趣味であることを明かした。


「太宰治様。夏目漱石。芥川龍之介。中島敦。江戸川乱歩。谷崎潤一郎。泉鏡花。森鴎外。大抵の日本の古典的名作は揃っているわ」


「スレイヤーズ。オーフェン。イリヤ。ブギポ。キノ。死神のバラッド。半月。シャナ。とある。ゼロ魔。戯言。ハルヒ。NHK。SAO。2000年代のライトノベルは揃っている“わ”」


「ラノベ維新。あたしに敵愾心を持たない」


「すみません、金閣寺さん。僕たちはこうして、純文学VSラノベの数で争っているんです」


 くすくす、と笑う雪。東洋のお人形さんみたいだった。


「そうですか。微笑ましいですね。ちなみに私は全部読みました」


――全部読みました。


 入間はショックを受ける。たぶんモブ子もショックを受けているに違いない。二人して固まる。


 本好きとして紹介した本が全部読まれているのは、なんか屈辱だった。


「片山憲太郎の『電波的な彼女』と『紅』は?」


 じゃっかんマイナーな作品をつく。これは読んだか、金閣寺? と勝負に出る入間。


「読みました」


 敗北。


 プライドを打ち崩されて、しおしおになった入間。次にモブ子がチャレンジする。


「三島由紀夫の不道徳教育講座は?」


「読みました」


「なんて逸材なのよ。ぜひ、お友達になってください」


「三島由紀夫は大好物で全部読破しています。私の『雪』という名前は、三島由紀夫の『由紀夫』から影響を受けて名付けられています」


「すっごい文学少女だった。きたこれっ!」


 モブ子と雪が握手する。ぶんぶん上下に動きながら握手するものだから、雪が驚く。でも同性の友達ができて嬉しそうだった。


 図書室の女王は純文学もラノベも、図書室や図書館にある本なら、3000冊以上の読破をしていた。たぶんモブ子や入間よりも詳しい。驚くべき逸材だった。


「金閣寺さん。ニックネームは図書室の女王で良いかい?」


「嫌です。なんか偉そうです」


「じゃあ、なんて呼ぼうか? 金閣寺さん?」


「私の名前は、苗字も名前も三島由紀夫に影響を受けています」


 そういえば三島由紀夫の代表作は『金閣寺』。ラノベオタクの入間でも持っている有名な小説。途中まで読んで、つまらなくて飽きた、と言ったら、モブ子や雪にボコボコにされそうだ。


 雪はゆっくり考えて、


「グレーと呼んでください」


「グレー?」


 たぶん発達障害グレーゾーンが由来だと思うけれども、それじゃ嫌なので、入間はニックネームを変えた。


「灰色。君は灰色だ。金閣寺雪さん」


「灰色?」


「うん、灰色。ようこそ文芸部へ。僕もモブ子も灰色を歓迎します。一緒にラノベ王を目指そう! 痛っ?」


 モブ子から軽く肘鉄を食らう。


「ラノベ王はともかく。灰色と友達になれて嬉しい。ようこそ文芸部へ。文学は全ての人を受け入れるわ」


 文学はありとあらゆる人に扉を開く。健常者も障害者も。そして、犯罪者も。


 来るもの拒まず、去るもの追わず、だ。


「私、手帳持ちですが……よろしくお願いします」


 雪は青色の障害者手帳3級を見せる。


 入間とモブ子は快く歓迎した。文学に貴賤なし。大金持ちも中流階級も貧乏人も、健常者も障害者も、多様性を受け入れるのが文学の良いところだと入間は思った。

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