第4話 金閣寺雪

「嫌。興味ない」


 話はプロローグに戻る。


 図書室で入間が雪に勧誘を持ちかけてスルーされる。ここまではいい。ここからが大変だ。


 300人以上に、「ラノベを書かないか?」と誘い、断られ続けてきた入間のメンタルは強靭であり、寝れば直る。どんなショッキングな出来事も大抵は8時間の睡眠によって解決される。熟睡は偉大です。


 問題はここから。過去、300人以上に一声、二声かけて興味を示したのはモブ子だけだった。金閣寺雪のストーカーになってもいいのだが、先生に注意されない程度に抑えなければならない。


 希望高校は割と勉強好きな生徒が多く、偏差値は60。たまに東大や京大に合格者を出す、ちょっとランクの落ちた進学校だった。なので、受験シーズンの三年生は大学進学に向けて勉強する。90%は都内の大学に進学し、10%は変わったところに行く。家庭の事情で高卒で働く人もいれば、音楽や美術の専門学校に行く人もいる。希望高校は多様性を受け入れた東京の高校なのだ。


 入間の進路はまだ決まっていない。借金が一億円あるので、高卒でそのまま働こうかと思っている。でも編集者にもなりたい。編集者になる時は高学歴が必要になる。


 モブ子に言わせれば、「ココナラで編集者もどきの仕事しているじゃん」と、からかわれそうだ。


「アマチュアじゃダメなんだよな……」


 図書室で頭を抱える、一人残された入間。


 入間の目標はあくまでラノベ王の相棒。ココナラで一回5000円の副業は魅力的ではあるが、本当にやりたいのは一撃で何億円も動かす出版事業だ。要は、プロの作家とプロの編集者で、ラノベを出版したい、ということ。


「負けるもんか!」


 入間は静かに独り言を口にした。モブ子が認める読書狂(ビブリオフィリア)の金閣寺雪。たぶん、希望高校に雪ほど図書室の蔵書を読んだものはいない。10年で3000冊を読破した生粋の暇人は、勉強そっちのけで読書に耽っていたのだ。ラノベをたくさん読んだ入間や純文学と結婚したモブ子よりも読破するは多い。


 じゅあ、もう、金閣寺雪しかいない。運命の人に思えた。


 そこからの入間の行動は早かった。図書室の司書の先生や常連の生徒に金閣寺雪について徹底的に情報を聞き出した。また、忘れ物をしたという理由で担任の先生に雪の住所を聞き出す。普段は情報漏洩の観点から絶対に喋ってくれない情報を、女性の担任は、問題児の雪に友達ができたと勘違いし、喜んで雪の住所を教えてくれた。


 手札はそろった。あとは直接出向くのみ。


「モブ子、頼む。一緒に金閣寺さんの家に連れ立ってくれ」


「はぁ~。ストーカー?」


「友達の家に遊びに行くだけだ」


「よくも、いけしゃあしゃあ、と。一度会っただけの異性を友達認定できるわね」


「読書家はみんな友達だ」


 文芸部の部室に寄り、モブ子に頼みこむ入間。


「まあ、いいけど」


 黒髪ショートヘアーのおかっぱメガネ。モブ子が照れる。入間はきょとんとした。


「とりあえず、ありがとう」


「あたしは、とりあえず、かよ?」


 モブ子を確保して、高校を出て、金閣寺雪の家に向かう。


 金閣寺雪の豪邸は港区の白金に位置していた。


 少なく見積もって5億円はくだらないだろう豪邸。住宅価格は値上がりしているので、もしかしたら10億円の資産価値はあるかもしれない。それくらいの大きな一戸建てだった。


 モブ子が住宅を見上げながら、感心する。


「あたしの家も裕福だけど、金閣寺さんの家はまさしく大金持ちね」


 モブ子の家は中流の一般家庭。資産は5000万円から一億円の間だろう、と勝手に予想する。それでもすごいけど。


 対して金閣寺雪の家はまさしく5億円を超えていた。超富裕層に分類される。港区の白金の一戸建てで固定資産税がどれくらいなのか気になる。たぶん入間にとって天文学的な数字になるはずだ。


 まあ、入間は借金一億円の極貧家庭なんだけど。私立の希望高校に通えるだけでもありがたい。援助してくれている親戚の姉に感謝している。


「で、ラノベ維新。ここに乗りこむの?」


「行動力の塊の僕でも、かなり引いている」


「でしょうね? あはは」


 港区の白金の一戸建て。推定価格は5億円以上。もしかしたら10億円。防犯カメラやセキュリティはばっちり。ドアを叩いて入るのに少しだけの時間と勇気を要した。


「よし、行こう」


 入間は三顧の礼を思い出す。


 現代のITが発展した時代。いつでもテレビ電話やリモートワークができる。けれども、いつの時代も直接会うほど効果的な交渉術はない。


 何か、こちら側が要求するとき。交渉相手に絶対にリアルで会わなければ気持ちは伝わらない。三顧の礼は、入間に力を与えてくれた。地位の高い人物がある人に礼を尽くして仕事を頼むとき、何度も訪れるのは感動した。


 まあ、地位的には入間やモブ子よりも金閣寺雪の方が圧倒的に高いの事実。本当にラノベ王に勧誘していいのか、迷った。


「ラノベ維新。文芸部存続のためにも頼む」


「分かった」


 モブ子に背中を押された入間は玄関のセキュリティのボタンを押した。防犯カメラの方に顔をやる。


「金閣寺雪さんの友達の葉隠入間と言います。雪さんはいらっしゃいますか?」


「私に友達はいません」


 ガチャ、と接続を切られる音。


 なんかデジャビュを感じた入間。これで断られるのは二回目。


 大声で、


「明日、図書室に会いに行きます。ラノベを書きましょう!」


 と言って近所迷惑になり、モブ子にドン引きされながら、二人で帰路に着いた。

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