第3話 図書室の女王

 希望高校の図書室にはヌシがいる。


 まことしやかに噂された真相は、入間と同じクラスの金閣寺雪(きんかくじ・ゆき)という少女だった。高校二年生の16歳。今年で17歳になる。彼女は一年間、希望高校の授業には出ず、ずっと図書室通いをしている異例中の異例。


 そして、唯一、入間が声をかけなかった少女。


 葉隠入間(はがくれ・いるま)は、高校一年生の時、希望高校の全校生徒に声をかけた。


「ラノベを書かないか?」


 一年生、二年生と全校生徒を勧誘し、三年生に移る段階で先生に声かけ禁止を言い渡された。三年生は受験シーズンでお遊びどころではない。なので、入間は正しくは三年生を除き、全校生徒に、ラノベを書かないか? と相棒探しをした。


 今年は二年生。新入生の一年には全員、声をかけた。結果はダメ。誰一人、入間の相棒になってくれる人はいなかった。


 そして、ついたあだ名が、ラノベ維新。日本維新の会や西尾維新、明治維新から、「維新」をもらい受け、ラノベと組み合わせて、ラノベ維新と呼ばれるようになった。


 だから、二年生の葉隠入間は本名よりも「ラノベ維新」というニックネームの方がネームバリューはあった。


 今日も今日とて、放課後、文芸部に顔を出す。


「ラノベお疲れ~」


 文芸部のモブ子。陰キャ、黒髪のメガネで委員長といった古き良きモブ顔の女性。入間は彼女をモブ子と呼んでいる。本名は知らない。入間が声かけで唯一、小説を書いてくれると言ってくれた女性。入間の友達だ。


「やあ、モブ子。ラノベを書いてくれる気にはなったかい?」


「あたしは純文学が命なの」


 文芸部唯一の部員であるモブ子は小説を書いてくれる。しかし、ジャンルは純文学であり、入間とは幽霊部員の契約を結んでいる。


「あと一人。幽霊部員を見つけないと文芸部は終わりだから。頑張れ、ラノベ維新」


「かったりぃ」


 文芸部は廃部の危機にある。部員は部長の二年生モブ子と入間の二人のみ。三人目を見つけなければ文芸部は解体される。締め切りは5月。現在4月。残された時間は約1か月間。あと30日で一年生もしくは二年生の中から新入部員を見つけなければならない。


「モブ子。お前の女子友達から探せないか?」


「無理。あたし友達いない」


「残念な。高校生活で……」


 モブ子は太宰治と結婚している。彼女は文豪がたくさん出るアニメの影響を受けてリアルの太宰治を知り、純文学に目覚めた。推しは太宰治。心中した彼のすべてを愛していた。


 もっとも入間にも友達らしい友達はいない。ラノベ維新でいじってくる人はいる。が、イジメの標的になりたくないと思い、一緒に遊びに出かけるような友達は皆無。入間は有名人ではあるけれども、全校生徒に距離を置かれている。もちろん入間は、本格的にイジメられている訳ではないが、ラノベ維新を陰口や悪口の材料にして攻撃してくる相手は何人もいる。


 モブ子は友達ではない。共同戦線をはっている戦友だ。


 入間は小説を書いてくれる相手を探すため、モブ子は文芸部存続のため、お互いの利益が被りあい、ウィンウィンの関係を築いている。


「あたしは太宰治様がいれば満足なの。見る? あたしのスマホ待ち受け?」


「100回くらい見た。もういい」


 モブ子のスマホの待ち受けは実写版の太宰治。スマホのフォルダにはアニメの太宰治やら、その他の文豪やらで山ほど推しキャラが入っている。


「ゴールデンウィークは青森県の斜陽館に行ってくるわ」


「太宰の聖地?」


「そう。『斜陽』という意味の言葉を生み出した天才なのよ!」


 モブ子の行動力は並外れであり、好きな文豪が見つかれば、聖地巡礼と言って国内旅行を繰り返す。モブ子の実家は裕福で彼女の一人旅を許可している。もし、海外の文豪に目覚めたら、海外旅行を女子高校生の分際で一人で行いそうで怖い。行動力は人生における成功のカギだ。


「すごい行動力だ。お前は将来、大物になるよ」


「あら、それを言ったら、全校生徒に『ラノベを書かないか?』と誘ったラノベ維新君の方が行動力があり、希望高校の有名人じゃない?」


「皮肉はやめてくれ。反省している」


 入間は一億円の借金を返すのに必死だった。去年と今年を合わせて300人以上に声をかけた。しかし、モブ子以外、小説を書いてくれそうな人はいなかった。


 二次元と故人の太宰治に恋をして結婚し、生涯リアルの男性を夫としないと決めたモブ子。彼女の決意や行動力は素晴らしい。そして、文章も秀逸だ。しかし、純文学はラノベではない。もちろん純文学からラノベ作家にジャンルを転身した作家は知っているが、いまいちうまくいかない。まあ、ラノベ作家から一般文芸に行き、直木賞を取った作家ならば数人は知っている。


 でもでも。入間が欲しいのはラノベ作家になる素材。ラノベ王の卵だ。


 モブ子はあくまで純文学畑の住人と見ている。


「不登校をのぞき通学している生徒300人以上に声をかけた。もう無理だ。モブ子と僕は文芸部という泥船で心中するんだよ」


「きっしょ」


「ごめん。ちょっと文学的な言い回しでカッコつけたかっただけだから……」


「ラノベ維新が気持ち悪いのは――いつものことね」


「ひどい。せめてキモオタって言って。キモオタは自分で認めてるから!」


「やーい、キモオタ」


 夫(太宰治)をお持ちの既婚者モブ子は怖いものなしだった。


「あ、そういえば……」


「モブ子さん。イジメるのはこの辺で勘弁してください。地味にショックです」


「いえ、その話じゃなくて」


 モブ子が長考する。珍しく真剣な顔。まるで推し小説を読んでいる時の集中力だ。


「一人いたわ。不登校」


「え?」


「ラノベが声をかけていない生徒。彼女は授業に一つも出ない不登校でありながら、図書室通いを続けている問題児よ」


「誰々? さっそく誘ってくる」


「その行動力を恋愛に回せばすぐに恋人ができそうなのに。残念な人」


「なんか言った?」


「なんでもない」


 モブ子は教えてくれた。図書室通いの少女の事を。


「一年間、図書室に通い続けた、図書室の女王。金閣寺雪(きんかくじ・ゆき)さん。あたしたちと同じ希望高校の二年生よ」


 一年生から三年生まで300人以上が在籍している希望高校で、唯一、入間のマークから外れた存在がいた。金閣寺雪(きんかくじ・ゆき)。調べてみると、彼女は入間と同じクラスだった。


「モブ子。僕の恋人はラノベだから。三次元の女と恋愛する暇なんてないんだよ!」


「うっさい、ラノベ維新。早くラノベと結婚しろ!」


 モブ子の声に背中を押され、入間は文芸部を飛び出して図書室に向かった。

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