第25話 勇者は力を隠す


「お前ら二人きりにしとくと……そのうち子供とかできちまいそうだよな……。頼むから勘弁してくれよ……?」


 教室の入口に立っていた咲ねえは二言目にそう言った。


 ――なんてことを言うんだこの人は! 兄妹でそんなことするわけないじゃん! この変態!


「咲ねえ……?! どうしてここに……?」


 抗議しようとした僕より先に、紬は目をまん丸に見開いて咲ねえの方へ振り返り、そう問いかける。


 今の発言はスルーしてあげるらしい。大人だなぁ。


「それは……あれだよ。鳴瀬がお前ら二人だけをここに呼び出したから……妙な胸騒ぎがしてな……」

「よく分からない。なんで知ってるの?」

「だから……実のところ私も退魔師なんだよ。ワケあってお前らには話してなかったけどな」


 対して、少しだけ気まずそうにしながら説明をする咲ねえ。理由は分からないけど、同じ退魔師の紬にすら自分のことを伝えていなかったようだ。紬が僕以上に驚くのも無理はない。


「……ワケってなに。ちゃんと説明して」


 低い声で問い詰める紬。明らかに怒っているのが僕の方にも伝わってきた。


「………………」


 ということなので、僕は何も言わずに黙っているとしよう。ターゲットが咲ねえに移ったからだ。


 身代わりになってくれてありがとう、咲ねえ!


「えーっと……ほ、ほら、危険な仕事だし……下手なこと言うと心配かけちゃうだろ?」


 咲ねえ目を泳がせながら答えた。


 反応を見る限り、実際のところは言うのが恥ずかしかっただけだと思う。咲ねえはあんまり自分のこと話したがらないから。


「……いつからやってるの?」


 僕はある程度納得したけど、紬の方はそうでもなかったらしい。


 後ろに死体が転がってることも忘れて咲ねえを質問責めにしている。非常に恐ろしい胆力だ。


「いつって……お前らくらいの時からだけど……」

「大ベテランじゃん……!」

「あ?」

「な、なんでもありません。ごめんなさい」


 咲ねえが来てくれたことで気が緩んでしまったのか、僕は思わぬ失言をしてしまった。


 ……しかし、よく考えてみれば状況は依然として変わっていない。僕は相変わらず人殺しの現行犯である。このままだと咲ねえに殺されそうだけど。


「……そこで死んでる鳴瀬ってヤツは、私の後から入ってきた退魔師だ。近ごろ、そいつと関わりのあった一級以上の退魔師たちが次々と消えてる。……だから遥人の言う通り、裏切り者だよ。上からの命令で私がずっと探ってたんだ」


 僕のことを安心させようとしたのか、咲ねえがそんなことを話し始めた。


「後輩だし、私よりも優秀なヤツだからそれなりに信頼してたんだけどな。……紬の教師に任命された時だって、特に口出しはしなかった。全部私の判断ミスだ」

「咲ねえ……」

「心配すんなよ遥人。……コイツはおそらく人に化けた怪異だ。死体を調べればすぐに分かる。――怪異なら、殺しても罪に問われることはない」


 そう話しながら転がる鳴瀬先生の死体を見る咲ねえの目は、どこか悲しそうだ。少しだけ怒っているようにも見える。


 長い付き合いではあったのだろう。大ベテランだし。


「それに、お前がやらなくても私が殺してたよ」


 咲ねえは小さな声で呟いた。


 ……でも、たぶん無理だと思う。


 感情的な話は置いておくとしても、鳴瀬先生はかなり強い相手だったから。


 完全に油断してたところを不意打ちしたから一瞬で決着がついたけど、向こうが万全の準備をしてきていたら僕相手でももう少しやれたはずだ。


 底知れなさのようなものも感じたし、魔王軍幹部くらいの実力は隠し持っていたと思う。


 ミタマが教えてくれた話から紬や咲ねえの強さを推測すると、その差は歴然であることが分かる。


「でも、遥人は霊力に目覚めたばかりかのにどうして殺せたの……?」

「確かにそうだな。……鳴瀬は上一級の退魔師だぞ」


 その点に関しては二人も気づいてしまったらしい。


 ……仕方ないから、ここは僕の真の実力を話すしかないな。やれやれ。


「単純に、僕がその上一級っていうのより強かったんだよ!」


 得意げな気持ちで宣言する僕。


「霊力的にそれはない。お前は四級程度だ」


 あっさりと否定する咲ねえ。


「……仮にもしそうだった場合、少し困ったことになるしな」


 それから、ぼそりと不思議なことを呟く。


「どうして?」


 僕は首をかしげながら言った。怪異と戦うんだから、退魔師なんて強ければ強いほど良いと思うんだけど。


「……間違いなく、新米のお前一人に危険な単独任務ばかりが回ってくるからだよ。上一級相当の力を持った退魔師がほとんど消えちまったからな……たぶん、家にも帰してもらえなくなる」


 ……なるほど。それは困る!  


 僕は紬と咲ねえを守るために退魔師になろうとしてるんだから、別々に任務をこなすようになったら意味がない!


 黒幕っぽいのは倒したけど、残党とかが紬を狙ってくる可能性もあるわけだし!


「……そんなのダメ。遥人が一人で危険なことばかりさせられるなら……絶対に退魔師なんかやらせないっ!」


 紬も似たようなことを考えているようだ。


「……きっとすごい油断してたんだね! 僕がそんなに強いはずないし! 返り討ちにされなくて良かったー!」


 僕は全力でごまかすことにした。


「もう危ない賭けみたいなことはするなよ。危険を感じたら私を頼れ……」

「うん! わ、分かってるよ咲ねえ!」


 これからは紬より少し弱いくらいの実力を演じた方が良さそうだな。少なくとも、味方の退魔師に見られている時は。


「……これから、鳴瀬の代わりに私がお前たちの教師をやる。明日は楓薫ふうかも呼んで顔合わせだ。……よろしく頼むよ、恥ずかしいけど」

「咲ねえが先生……?!」


 似合わないなー! と言ったら本当に殺されそうだったので、僕は口を閉ざした。


 ――その後、遺体の回収係とやらが退魔塾までやって来て鳴瀬先生を持ち帰り、彼に関する調査が行われた。咲ねえの言った通り怪異が人に化けていたことが判明したらしく、僕の殺人罪は正式に不問となったのである。


 おまけに三級の退魔師として認められてしまった。


 これで良かった……のだろうか?

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