第24話 インモラル
しばらく放心状態のまま椅子に座っていると、唐突に教室の扉が開いた。
「先生、いつまで
そんなことを言いながら室内へ入ってきた紬は、内部の惨状に気づいてぴたりと動きを止める。
「え、ぁ、うあ……!」
その場で腰を抜かし、僕の方を見ながら口をぱくぱくさせる紬。目撃者としては百点満点の反応だと言える。
「な、なにが……っ!」
軽いパニック状態に陥っていると思しき紬は、絞り出したような声で僕に問いかけてきた。殺害現場を目撃してしまったばっかりに、非常にかわいそうな感じになっている。
「……落ち着いて。紬はあまり見ない方がいいよ」
僕は顔の血を拭って立ち上がり、鳴瀬先生の死体と紬の間に移動した。先生が確実に死んでいることは確認済みだ。
「なにが、あったの……?」
紬は呼吸を整えながら僕に問いかけてくる。今まで退魔師として活動していただけあって、異常事態への適応が思ったより早い。こちらとしても話しやすくて助かる。
「先生が裏切り者だったって言ったら……紬は僕のこと信じてくれる?」
僕は紬を安心させるため、なるべく笑顔でいる事を心がけながら言った。
――でもこれ、よく考えたら黒幕みたいなムーブだな。家族でも信じられないくらいの怪しさだぞ……! 悲痛な面持ちの方がむしろ良かったか……?
「遥人が、やったの……?」
声を震わせながら問いかけてくる紬。ここで嘘をつく意味はないだろう。
「うん。……ごめんね、初日からこんな事になっちゃって」
僕は頷きながら謝る。
「…………ど、どうやって?」
すると今度は、紬がゆっくりと立ち上がりながら問いかけてきた。
確かに、凶器となったクラウ・ソラスは消えてしまったからぱっと見じゃ分からないな。ある意味完全犯罪である。
「僕は……退魔師的に言うと霊剣使いなんだって」
「ふうかちゃんと同じ……」
「そう。――だからその力で……こう、隙を見せたところにズバッと……」
僕はライトニングスラッシュの動作をしながら説明した。
人を殺してるんだからもっと深刻になるべきなのは分かってるけど……異世界で戦った相手の中には魔物に魂を売った人間も沢山いた。だから、そこら辺の葛藤はもう済ませてしまっているのである。
もちろん最初にやった時は吐いたり夢に見たりしたけど、今はある程度平常心を保ててしまう。
どちらかと言えば、社会的に死にそうになっていることに対する動揺の方が大きい。肉体的に死んだことはあっても、社会的に死んだ経験はないからね。
「……どうしよう?」
紬だってこんなことを聞かれても困ると思うけど、僕には打つ手がないのだ。本当にどうすればいいのか分からない。
「大人しく自首した方がいいのかな……?」
それからしばらくの間、問いかけに対する返事はなかった。
紬は黙ったまま僕の目をじっと見つめている。
「……しなくて、いい」
やがて、消え入るような声で返事があった。
「遥人の言ってること、信じる……」
「つむぎ……!」
お兄ちゃんとしては嬉しいけど、人としてそれはまずいのではないだろうか。例え家族であっても、悪いことをしたのならちゃんと償わせなきゃダメじゃない?
「遥人は嘘つきだけど、意味もなくこんなことしないって……分かってるから」
そう話す紬の声には、先ほどまで感じられなかった覚悟のようなものがこもっていた。
……でも、僕はどちらかといえば正直な方だと思う。
「先生の死体はどうにか二人で隠して……後は私が黙ってれば大丈夫だと思う。今日はここに先生と私達の三人しか来てないはずだから……」
「そ、そんなことしたら紬まで――」
「うるさい……」
その時、紬は突然僕に抱きついてくる。
「共犯になってあげるって……言ってるの……!」
「え、あ……本気……?」
あまりにも倫理を飛び越えた提案に、思わず硬直する僕。
「うん……」
そう答える紬の体は小さく震えていた。おそらく相当の覚悟をしたのだろう。僕なんかの為に。
「……ダメだよ」
だけど、流石にその提案は受け入れられない。
「妹を共犯にしちゃったら、お兄ちゃん失格どころの話じゃ済まないからね」
異常な光景を目にしてまともな判断力を失ってしまった危うい紬の姿を見て、僕は少しだけ正気を取り戻した。
難しく考える必要はない。現実世界で人を殺してしまったのであれば、やるべきことは一つだけだ。
「僕、ちゃんと罪を償うよ……っ!」
覚悟を決めたその瞬間、目から数滴の涙が零れ落ちる。
この場で鳴瀬先生を殺したことは最善の判断だったと思うし反省もしてないけど、現代社会の法律的には最悪の判断だった。
正義なんて所詮はそんなものだ。世界が違えば勇者だって大罪人になる。結果的に僕のしたことが正しかったのかは分からない。
「紬を……犯罪者の妹にしちゃってごめんね。それと……咲ねえにも謝っておいて。こんな事になっちゃったら、もう僕と顔を合わせたくないだろうから……っ」
僕はその場に立っていられなくなり、足元から崩れ落ちた。――どっちの選択肢を選んでも、兄としては失格だったかもしれない。
「やだっ! 絶対に私がなんとかするからっ!」
それでも紬は僕のことを離してくれなかった。
「もう遥人は何も言わないでっ! ずっと……私の言う通りにしてればいいのっ!」
「つ、つむぎ……?」
見た事ないくらい取り乱す紬。これでは、ツンデレというよりヤンデレである。少し怖いかもしれない……。
「もう、どこにも行かせないから……っ! 縛りつけてでも……ッ!」
「お、落ち着いて……」
「うるさいっ! ばかっ!」
妹の底知れなさに対する恐怖が、人を殺したことに対する恐怖を上回りつつあったその時――
「おいおい、そこまでにしろよ……客観的に見てヤバいぞお前ら……」
何故か、教室の入り口の方から咲ねえの声が聞こえてきた。
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