第23話 事件の黒幕


 僕が紬に連れられてやって来たのは、陰陽師――ではなく退魔師の教育機関である退魔塾だった。場所は秘密にしろと紬から言われてしまったので言わないでおく。


 ともかく、化け物の呼び名は「怪異」で、そいつらと戦う人間は陰陽師ではなく「退魔師」だ。これだけは覚えた!


 ――そんなこんなで退魔塾の古びた教室に通された僕は現在、パイプ椅子に座らされて噂の先生と二人きりで対面していた。


 何でも、退魔師になる為にはまず簡単な面接と霊力測定を受けなければいけないらしい。いわゆる試験というやつである。


 退魔師になるための試験と聞いた時は、きっと少年漫画みたいなことやらされるんだろうな……! なんて思ってワクワクしてたんだけど、正直しょぼい。拍子抜けである。


「なるほど、キミが紬君のお兄さんか。話は聞いてるよ」

「どうも……」


 意気消沈しつつ挨拶する僕。


「私のことは鳴瀬先生って呼ぶと良いよ。――よろしくね」

「…………よろしくお願いします」


 大体こいつ、昨晩玄関の前に居たやつと同じ姿じゃん。……ってことは普通に敵じゃん。どうしてこんな場所で遭遇するんだよ。


 慎重なのか大胆なのかよく分からない奴だ。


「………………」


 こちらがある程度意図的に隙を晒しても仕掛けてこないところから見て、おそらく先生をしている間は退魔師側として振る舞っているのだろう。いわゆるスパイというやつである。……たぶん。


「――ところで、君が持っているその剣は一体何だい?」

「聖剣クラウ・ソラスです。魔王軍幹部との戦いにおいて、心象世界での対話を経て覚醒しました。ちょっとだけ狂気を秘めている点を除けば正義感に溢れた良い子です」

「そ、そう……。個性的な設定だね……あはは……」

「設定ではありません。僕は本気で言っています」


 クラウ・ソラス君もコイツと対面した途端に出てきてしまった。鳴瀬先生をものすごく斬りたがっていることが伝わってくる。溢れ出す魔力を抑え込むので一苦労だ。


 ……でも、基本的にこちらの世界で魔力を感知されたことはない。おそらく霊力とはまったく違う性質のものなのだろう。


「要するに……霊剣の一種ってことかな。楓薫ふうか君と同じだね」

「誰ですかその人?」

三善みよし楓薫ふうか。紬君のクラスメイトで、同じく退魔師の女の子さ。当分は楓薫君と紬君のペアに君を混ぜた三人チームで任務を受けることになるだろうから、覚えておくといい」

「なるほど」


 このまま泳がせておくか、それとも今すぐ斬るか。


 ――困ったことに、このまま先生を斬って死体が残った場合、真っ先に疑われるのは僕だ。


 裏切り者だと話せば紬くらいは信じてくれるかもしれないけど、他の退魔師の人たちを説得する自信はない。退魔師としての信頼は間違いなく向こうの方が上だろうし。

 

 一体どうすれば……!


 相手が今までの怪異みたく倒した瞬間に消滅してくれることを願うしかないのだろうか? 


 でも、いきなり先生が消えたとしても疑われるのは直前まで会ってた僕だよな。実際のところ犯人なわけだし。


「うーん……」

「ところでキミ、さっきから凄い殺気だね。まるで私の正体を知っているみたい――」


 相手に内心を気取られたと理解した次の瞬間、僕の足元に先生の首が転がっていた。


「だ…………?」


 何が起きたのか分からないといった様子で目だけを動かし、僕の方を見上げる鳴瀬先生の首。


「ライトニングスラッシュ」


 必殺技は後から言ってもいい。気持ちなので。


「……あー、キミ……強いね……普通じゃない」

「勇者だから」

「これは……勝てない、な……誰にも……」

 

 ゆっくりとまぶたを閉じながら絶命するその瞬間、先生は全てを理解したらしかった。


「……ところで、今回は偽者じゃなかったのか?」

「あれは……そう簡単に造れるものじゃ……ないんだよ……」


 最期にそう答えた後、鳴瀬先生とやらの首は動かなくなる。


「偽者だった方が助かったんだけどな……」


 静寂が辺りを支配し、僕は古びた教室に一人きりになった。


「やっちゃった……」


 先生の切断面から噴き出す返り血を浴びて、僕は放心状態で椅子にもたれかかる。


 一方、クラウ・ソラスは望みのものを見ることができたので喜びながら消えていった。


「どうしよう、これ」


 ここは異世界ではないので、相手がワルモノだろうと人を殺せば犯罪である。


 クラウ・ソラスで斬れないけど倒さなくちゃいけない敵とは何回も戦ったことがある。


 だけど、クラウ・ソラスで斬れるのに倒すと社会的にまずい敵と遭遇するのは今回が初めてだった。


 つまるところ、こういう時にどうすれば良いのか分からない。現実世界において、勇者は何かと動きにくいのだ。


「終わった……」


 きっと、推理小説の犯人ってこんな気持ちなんだな。


 僕は現実逃避気味にそんなことを思いながら、ただぼーっと天井を見つめるのだった。

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