第二章 勇者、新人退魔師になる

第22話 紬の想い


「というわけで、僕も陰陽師にして欲しいんだ!」

「は?」


 家を訪問してきた謎の不審者を討伐した翌日の朝、僕は紬の部屋を訪ねて開口一番にそう言った。


「………………」

「待ってっ!」


 無言で部屋の扉を閉めようとする紬をどうにか引き止め、再び顔を出させる僕。借金の取り立てでもしてるみたいだ。


「……どういうわけ? 昨日の映画に影響されすぎた?」


 それから紬は、呆れたような表情で聞いてくる。


「詳しく事情を話すと少し長くなるんだけど……」

「じゃあ短くして」

「……実を言うと、僕も紬と同じく霊力ってヤツに目覚めたんだよ!」

「……えっ?」

 

 僕が霊力という単語を出した途端に紬は分かりやすく反応する。


 それから何も言わずに目を細め、まじまじと僕のことを観察してきた。


 紬が話を信じてくれたのか、それとも正気を疑っているのかは分からない。緊張の一瞬というやつだ。


「……ほ、本当に……遥人はるとからちょっとだけ霊力が出てる……!」


 しばらくして、紬は驚いたような顔をしながら言った。


 厳密には僕が霊力に目覚めたわけではなく、取り憑いているミタマの霊力が少しだけ漏れ出ているだけらしいんだけど……今はそんなことどうでもいい。


「これで分かったでしょ? 僕、霊能力者として覚醒したんだ! もう陰陽師になるか教祖になるかくらいしか道はないんだよ!」

「い、意味わかんないけど……」


 明らかに困惑した様子の紬。面倒な兄を持つと妹は大変なんだなぁ、と思いました。


「……そもそも、どうして私が霊力を扱えるってこと……知ってるの? 二人には何も話してないのに……」


 二人というのは、僕と咲ねえのことだろう。


「それは……その、えーっと……」


 本来であれば一から全て話したいところなんだけど、そうもいかない。


「僕が異世界から帰って来た勇者だってことは前に話した通りなんだけど――」

「ふざけないで」

「…………はい」


 何故なら、紬が信じてくれたのはあくまで僕が霊能力に目覚めたことだけだからだ。


 紬は日夜化け物と戦ってるんだから異世界くらいのファンタジー要素も受け入れて欲しいところなんだけど、世の中そう上手くはいかないらしい。


 従って、上手いこと勇者的な要素は避けて話す必要がある。夜中に出歩いていたこともあまり話したくない。怒られるから。


 つまり、カオナシもどきのところから話すのが一番いいな。


「実はおととい、学校から帰ってたら急にカオナシみたいな化け物に襲われてさ……」

「おっ、お兄ちゃんっ、あのとき居たのっ?!」


 僕の話を遮り、青ざめた顔で叫ぶ紬。


 ……そういえば、あの形態のミタマは紬の霊力だと倒せないくらいヤバいんだっけ。殺しかけたとか言ってたし。


 もしかすると紬のトラウマを刺激してしまったのかもしれない。


「そ、そうそう。……それで、色々あって紬が陰陽師だって分かったんだ!」


 我ながらひどい説明だけど、あまり長々とこの話をしない方が良さそうだ。。


「……これで分かってくれたかな? まだ信じられないなら、魔法……じゃなくて陰陽術的なやつも使ってみせるけど……」


 詠唱の改変に関してはメフィアから教わったことがある。


 雷撃ライトニングボルトと似たような意味合いであれば、たぶん和風っぽい雰囲気でも発動させられるはずだ。「鳴雷なるかみッ!」みたいな感じで。


 威力はかなり落ちてしまうため遊びみたいなものだと言っていたが、意外と役に立つものである。


 ちなみに、その時の僕はお年ごろだったのでオリジナルの詠唱を百個くらい考えてメフィアにドン引きされた。エインもあの時は苦笑いだった。


「うぅっ、ぐす……っ」

「あれ……?」


 思い出に浸っていたら、いつの間にか紬が泣いている。流石にちょっとふざけすぎたか……?


「ご、ごめん紬! 泣かせるつもりは――」

「ひっぐ……っ、無事で……よがっだぁっ……!」


 慌てて謝る僕に対し、紬はぽろぽろと涙をこぼしながらそう言った。


「うん……?」


 僕が異世界から帰還して病院で目覚めた時以来の泣きっぷりである。


 ということはつまり……僕の身を案じてくれていたということなのか?!


「お兄ちゃんっ!」

「わぁ?!」


 すると今度は、紬が部屋から飛び出して僕に抱きついてきた。


「うぅっ、うええええんっ!」

「つむぎ……?」


 妹に泣きながら抱きつかれるなんて、小学校の時に二人でホラー映画を見たとき以来だぞ……?!


「私っ……怖くてっ、ぜんぜん動けなかった……っ! 前に、お兄ちゃんが居なくなった時と……同じだったのに……っ!」

「そ、そうなんだ……」


 ごめん。何を言ってるのか全然わからない。今度は僕が置き去りにされている。


「ちゃんと守るって……決めたのに……っ!」

「……うんうん」


 とりあえず、僕はそっと紬の頭をなでた。


「紬は今までよく頑張ったよ」

「お兄ちゃん……っ!」


 一応は僕も行方不明になっていた時期があるわけだし、紬はずっと素っ気ない態度を取りながらも心配してくれていたということなのだろう。


 理解はしていたつもりなんだけど、まさかここまでだとは思わなかった。


「僕はもうどんなヤツが来ても大丈夫」

「うぅっ……!」

「だから、陰陽師に――」

「だめっ!」


 はっきりと拒絶する紬。正直、今のはいける流れだと思ってたのに。


「それじゃ……だめなのっ! お兄ちゃんに危ないことして欲しくない……っ!」

「……そんなこと言ったら、僕だって紬に危ないことはして欲しくないよ」


 確かに、もう家族を失いたくないって気持ちは僕にもよく分かる。


「だから、ここは間をとって一緒に戦おうって提案してるんだ」

「でも……!」


 紬がなかなか引き下がろうとしないのも当然だな。


「……咲ねえだって、一人より二人の方が守れると思う」


 少し卑怯だと思うけど、僕はもう一人の家族の名前を出すことにした。


「咲ねえのことは――」

「何も知らないんでしょ? 化け物のこととか、紬のやってることとか」

「………………うん」


 紬は小さく頷く。


 保護者の許可を取らないとは、ますますブラックだぜ陰陽師……!


「身の回りに危険な化け物が沢山いるなら、僕はそいつらの対処法を知っておきたいんだ。……身近な人くらいは守りたいしね」


 僕は紬の目を見てそう言った。


「……わ、わかった」


 熱い思いが伝わったのか、声を震わせながら頷く紬。


「お兄ちゃんの――遥人のこと、先生に……連絡してみる……」

「あ、先生とか居る感じのシステムなんだ」

「うん」


 それにしても、霊能力の先生か……。


「すっごい胡散くさいな」

「悪い人じゃない……と思う」

「へぇー……?」


 もし仮に、紬を誑かしてそうな気障ったらしいイケメンが出てきたら……クラウ・ソラスくんの鯖にしてしまうかもしれない!


 鎮まれ僕の右腕……!

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