第21話 百鬼夜行


「やれやれ、これは予想以上だな……」


 深夜、街の外れにある山奥から神薙紬の様子を探っていた外道丸は、首筋から流れる血を素手で拭いながら言った。


「まさか敵の正体すら掴めないとはね……」


 彼が行っていたのは偵察だ。自身――鳴瀬なるせ悠紀夫ゆきおの姿を模した式神を作り出し、神薙紬の元へ送る。そして消えた手下の鬼たちに何が起こったのかを探る算段であった。


 式神は外道丸が持つ霊力の半分を込めて作った限りなく分身に近い存在であるため、相手が上一級相当の退魔師であっても容易く殺せる程度の力は有している。


 代償として式神が受けたダメージがある程度共有されてしまったが、そのお陰で事態の深刻さをはっきりと認識することができた。


 ――間違いなくあの家には何かがある。


 本来であれば緊急の案件を装って神薙紬を誘い出し、拷問するなり改造するなりして行方をくらました閻魔たちについて聞き出すつもりだったのだが……何かにこちらの敵意が悟られていたようだ。


 家のチャイムを鳴らして数秒と経たないうちに、外道丸の式神は首を切り落とされて消滅してしまった。


 動作の起こりはおろか、出所すら掴めない正体不明の一閃。


 もしあの場に立っていたのが自身の方であったら、間違いなく外道丸は死んでいただろう。


 ……だが、それをやったのは神薙紬ではない。あれは全てが終わった後、無警戒に正面玄関から出てきたからだ。


 こちらの目を欺くための演技にしてはあからさまで、わざとらし過ぎる。霊力の方も先日に会ったときと比べて大した変化はなかった。


 そうなると、残る可能性は……紬と暮らしている二人――神薙かんなぎ遥人はると咲耶さくやのうちのどちらかが仕掛けてきたということになってしまうが、それは余りにも荒唐無稽な話だ。


 どちらも有しているのは有象無象の人間どもと同等の微弱な霊力のみ。あの美しさすら感じる不可視の一閃を放てるとは到底思えない。


 外道丸の霊力感知を欺いていることも考えられはするだろうが……間抜けヅラの小僧と下品な女のどちらかにそれができる力量があるとは考え難い。


「まったく、どうして私がこんなことを……」


 あの家には外道丸が最も嫌悪する人間が二人も揃っている。気配を探るだけでもこの上なく不快な気分だった。

 

 ――あれらは飛び回る羽虫のようなもの。気にするだけ無駄。注意すべきなのは神薙紬のみ。


 頭では理解していても、何故か胸騒ぎがおさまらない。何か重大な見落としが潜んでいるような気がする。


「……うーん、分からん」


 刹那的な快楽主義者である外道丸は、そこで飽きて思考を止める。


「もういい!」


 相手が正体不明の強者であるならば、それより強い奴らを集めて正面から叩き潰せばいい。手段はいくらでもある。


「百鬼夜行の連中でもけしかけてみるか……」


 外道丸はそう呟きながら無数の形代を取り出し、それらを宙へとばら撒くのだった。


 *


 偉大な妖怪のみが招待され、列席することを許される秘密の宴会、百鬼夜行。


 本日開かれたの主催は外道丸であった。


 裏鬼道会よりも更に広大かつ豪奢で、禍々しい霊気に満ちている畳の宴会場に列席しているのは、いずれも日本古来の伝承から生まれた強力な怪異ばかりである。


「皆様、本日はお集まりいただき有難うございます」


 酒呑童子は、自身と同等以上の霊力を持った化け物達に向かって一礼をする。


「……お招きいただき、嬉しく思います」


 無表情で感謝の言葉を述べたのは、化け蜘蛛を束ねる妖姫――絡新婦じょろうぐもである。


「我を呼びつけたのだ、相応の土産話があるのだろうな?」


 その場に居るだけで押し潰されそうな殺気と威圧感を放つ赤鬼――鬼神魔王、大嶽丸おおたけまるが悠然と構えながら問いかけた。


「つまらなければ……俺様が、殺してやろう……くっくっくっ」


 無数の眼と手足を持つ異形の邪鬼――阿黒王あくろおうは、全身にまとわりつくような禍々しい瘴気を発しながら笑みを浮かべる。


「随分と待たされたのでわらわは退屈しておるぞ? 余興として裸踊りでもしてみよ」


 九つの尾を生やした妖艶な美女――その美貌で諸王を破滅に導いたとされる白面金毛はくめんこんもう九尾狐きゅうびこ玉藻前たまものまえが囃し立てるように言った。


 彼らを始めとする様々な大妖怪が、思い思いの言葉を外道丸へ投げかける。


 ただ一人、何も言わずに座っているのは妖怪の総大将とも言われる大きな頭の老人――ぬらりひょんだ。


 もし仮にこの場所へ退魔師が放り込まれたとしたら、彼らの霊力に当てられただけで正気を失い、数刻と保たずに命を落とすだろう。


 人の身では近づくことすら叶わないほどの邪気や妖気が全体に満ちていた。


「――神薙という一族をご存じでしょうか?」


 そんな中、外道丸はおもむろに口を開く。


「実のところ、その力を受け継いだ人間が一匹だけ……まだ生き残っているのです」


 刹那、騒がしかった宴会場が静まり返る。


「今までは私が隠していました」


 そう言って、外道丸は不敵に笑うのだった。


 ――果たして、神薙紬の運命やいかに。

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