第20話 勇者の決意


「……気配はないみたいだし、まあいいか」


 陰陽師とかが使うみたいな人型の紙を中指と人差し指の間に挟んで、しばらく周囲をキョロキョロしていた紬だったが、やがて飽きたのか家の中へ戻っていく。


「…………ふう」


 危ない危ない。見つかるところだった。


 潜伏インビジブルの効果もそろそろ切れちゃいそうだし、早いところ部屋に戻ろう。


 ……それにしても、あんな小道具まで作って陰陽師ごっこをしていただなんて、紬は僕が思っている以上に拗らせていたみたいだ。


『ゾンビVSオンミョウジ』を見て影響され過ぎたのかもしれない。


 本当の化け物が連日襲って来ているというのに、なんて呑気なんだ……!


 僕がそんな風に思っていると、突如として目の前にミタマが現れてこう言った。


「はると、呑気なのはお前さまの方じゃ。――あの娘は本物じゃぞ」

「えっ……?」


 本物って……僕の妹に向かってなんてことを言うんだっ!


「つ、紬はそういうお年頃なだけで、きっとまだ引き返せるよっ! 普通の女の子に戻れるんだっ!」

「まったく……お前さまの察しの悪さにもいい加減慣れてきてしもうたぞ」

「……ごめん」


 話の流れからして、紬が本物の陰陽師だって言ってるんだよね。今回はちょっとふざけました。驚きすぎて。


「たわけっ」

「はい……すみません」

「でも、そういうお茶目なところもしゅきぃっ!」

「はい……」

「ちゅっちゅーっ!」

「はい……」


 頬にキスしようとしてくるミタマを手でガードしながら、虚しい気持ちに襲われる。


 考えてみたら、色々と手遅れなのは僕の方なのかもしれない。


 *


 ――そんなこんなで自室へと帰還した僕は、ミタマから先程の話の続きを聞かされていた。


「……というわけで、妾もお前さまの純真さをみくびっておった。もっと時間をかけて、じっくり男女の駆け引きというものを理解させてやるから……安心するとよい!」

「はぁ、そうですか……?」

「お前さまが理想としておる『妖艶な狐耳のお姉さん』が直々に教えてやると言っておるのじゃぞ? もう少し喜べ!」

「はぁ、なるほど……」


 先程の話の続きではなかったかもしれない。


「あの、それで紬の話は……?」


 仕方なく、僕は脱線した話を元に戻すよう促す。


「おお、そうじゃったな!」


 ハッとした様子で手を叩くミタマ。これでやっと本題に入れる。


「だからのう、お前さまの妹――紬は本物の術使いだと言いたかったのじゃよ。あやつは霊力をちゃんと持っておる。……お前さまと違って」

「それ、本当なの? まだちょっと信じられないんだけど」

「この場で証明する術はないが……怪異もそれ相応に祓っておるようじゃぞ」

「なんと……!」


 つまり、紬はずっと僕の知らないところで悪霊退治をしてたってことなのか?! 


「今まで一緒に暮らして来たんじゃから、少しくらい心当たりはあるじゃろう?」

「…………ある!」


 御守りとか渡してきたり、部活の内容を頑なに教えてくれなかったり……思えば不審な点は多い。


 物憂げに世界が滅んだらどうのこうのって相談されたのも、拗らせたんじゃなくて実際に戦ってたからなのか……! 


 ……いやぁ、紬も随分と立派になったんだなー。


「それじゃあ……昨日と今日で僕が倒してきたやつらは紬でも勝てるってこと?」


 僕はふと疑問に思ったことを口にする。


「いや。最初のバッタと互角で、それ以外には十中八九殺されるじゃろうな」


 しかし、ミタマに突きつけられたのはあまりにも残酷な事実だった。


「全然ダメじゃん?!」

「……白状すると、妾も暴走していた時に一度あやつを殺しかけておる。今思い出した」

「ええええええっ?!」

「あの場にお前さまが居なければ危なかった」

「紬……あの時近くに居たんだ……」


 知らないところで妹が死にかけてるとか、怖すぎる。泣きそう。


「ど、どうしよう?! 今すぐ退職させるべきなのかな? 陰陽師ってどうやって辞めるの?! そもそも高校生に命かけさせるとかヤバくない?! ブラックってレベルじゃないよ!」


 僕は叫んだ。夜中なので近所迷惑にならないよう控えめに。


「まあ落ち着け。お前さまが戦ってきた怪異は、そう易々と遭遇するものではない。おかしいのはお前さまの運じゃ」

「そんなこと言われても……!」


 二日で六回も戦っててそのうち何回かは紬も巻き込まれているのに、簡単に納得できるものではない。


 衝撃の連続でいつになく動揺していた僕だったが、ふとあることに気づく。


「……もしかしてさ、今まで襲ってきたやつって……実は紬狙いだったりする?」

「おそらく」


 こくりと頷くミタマ。


「そもそも、霊力のないお前さまの方を狙う意味はないからのう。近づけば只者でないことは感じ取れると思うが……」

「うわぁ……」


 要するに、もし紬の方が先に奴らと遭遇していたら……洒落にならない状況になっていたということだ。


 妹が毎日命をかけて戦っていたというのに、気づかず呑気に暮らしていたなんて……兄失格じゃないか!


「……決めたよ」


 僕はそう言いながら立ち上がった。事故で両親を失った時、何かあったら紬だけは守ると心の中で誓ったことを思い出したのだ。別にシスコンじゃないけど。


「僕……陰陽師になる!」


 ――というわけで、しばらくは兼業勇者として頑張ります。

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