第18話 裏鬼道会、壊滅!?


 結界によって外界から切り離された畳敷き大広間――裏鬼道会の本拠地にて、外道丸は悠然と構える。


 「表」の退魔協会は有力な退魔師を鏖殺おうさつし偽の神を据えたことで既に掌握済み、「裏」もこうしてつつがなく手に入れることができた。


 ミタマを始めとした、各地を護る神々も醜悪な異形へ改造した後で結界へ閉じ込めてある。これらを一斉に解放すれば、現し世は地獄と化すだろう。


 つまるところ全ては自身の指先一つで決まる。何もかもが思いのままだ。


 今すぐに結界を解放し、わけも分からずに逃げ惑う人間どもを眺めるのも良いだろう。


 表の姿で残された退魔師達の不安を煽り、この国の人々を守ろうと無駄に足掻く様を高みから見物するのも悪くない。


 ――そうだ。しばらくの間は記憶を完全に消し、裏鬼道会の陰謀と戦う退魔師の鳴瀬なるせ悠紀夫ゆきおとして、手下の鬼どもと戯れてみよう。


 本物の恐怖を知っておいた方が、虐げる時により一層楽しめる。自分がこの座に戻ってくるまでの間は、別の者に裏鬼道会の頭領を任せるのだ。


「閻魔、いるか?」


 外道丸は、自分以外は誰も居ない広間でその名を呼びかける。


「…………」


 しかし返事はない。それどころか、普段は感じ取れるはずの霊力すら完全に消失していた。


 この事実が示すことはただ一つ。


「……そうか、あいつは脱落したのか。あの娘――神薙の死に損ないも意外とやるようだ」


 神薙家には、怪異が喰らえば霊力が大幅に増し神に大きく近づくとされる特殊な血が流れている。


 近頃は一族の力が弱まっていたため、あっさりと怪異どもに狩り尽くされたようだが……何故か運良く難を逃れ続けているのが神薙紬なのだ。


 彼女には双子の兄が居るが、そっちは霊力を持たない出涸らし。喰ったところで何の意味もないただの人間である。


 従って、残っているのは自身の手元に置いてある神薙紬だけ。あれを喰いたい怪異は無数に存在している。


 早い者勝ち、ということで手下の鬼達に取り合いをさせていたのだが……まさか閻魔がしくじるとは。


「実に驚きだな」


 外道丸はぽつりとそう呟いた。


「……橋姫」


 当てが外れたので、仕方なく別の鬼の名を呼ぶ。御馳走にありつけたのが閻魔でなければ、おそらく彼女だろう。


「…………」


 しかし返事はない。呼べば一番早く現れるはずの彼女が消え去っているとなると、少しだけ厭な予感がした。


「…………牛鬼、無羅」


 念のため、残った鬼達の名を呼ぶ外道丸。彼らもそれ相応の強者、容易に倒せるような存在ではない。


「……………………」


 だが、大広間は依然として静寂に包まれていた。自身の霊力の他に強大なものは感じ取れない。


 これが意味すること、それ即ち――


「え? 死んだのあいつら? 全員?!」


 裏鬼道会幹部の鬼どもの全滅である。


「あり得るのか、そんなことが……?」


 奇跡が起き神薙の血が覚醒すれば、紬にも一体程度は仕留められるかもしれない。


 しかし四体となると……まず間違いなく紬だけでは相手にならないはずだ。人の身であれらの鬼達と連戦し、無事でいられる道理はない。


「何が起きた……!」


 一昨日までは全員と連絡が取れていた。


 皆、それ相応の霊力を持った怪異だ。こんなに短期間で続けざまに祓われることなど有り得ない。


 想定外の事態が起きている。


「……調べるより他にない……か」


 外道丸はそう呟く。鳴瀬として神薙に接触し、何が起きたのかを探るのだ。


 今後の予定が決まり、準備をしようと立ち上がったその瞬間――


「た、大変です外道丸様ッ!」


 正面の襖が勢いよく開き、一体の鬼が慌てた様子で転がり込んできた。


「どうした? 幹部達のことなら私が直々に――」

「ミタマを封じ込めていた結界が……完全に消失していますッ!」

「……なんだと?!」


 外道丸は驚愕する。


 ――破られたのではなく、消失した。それは即ちミタマの浄化が行われたことを意味する。


 確か一昨日の紬達の報告では「遭遇して死にかけた」という話だったはずだ。


 嘘をついていたとは考えにくいし、そもそも人間にあれの浄化など行えるはずがない。


 それどころか、外道丸自身であってもあの状態になったミタマを大掛かりな準備なく抑えることなど不可能だ。


「あ、あれぇ……?」


 混沌を好む彼だが、自身の計画が大きく狂わされることには慣れていなかった。しかも立て続けに。


「ど、どうしましょう外道丸様ッ?!」


 手下の鬼その一に詰め寄られた外道丸。彼の決断は――


「……もういいや」

「えっ」

「やめる!」


 全てを放棄することであった。


「は?」

「お前、今日からここのボス!」

「な、何を――」

「さらば!」


 かくして、外道丸はその辺の鬼に頭領の座を明け渡して裏鬼道会から姿を消した。


 大広間にぽつんと残された鬼は、拳を握りしめて叫ぶ。


「オレの……っ、時代だああああああッ!」


 結果的に退魔協会と裏鬼道会の上層部は共に壊滅状態となり、数多くの危険な怪異入り結界が各地に放置されることとなったのである。

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