第17話 対価の要求


「はるとっ!」

「うん……?」


 ミタマの声に呼びかけられて目を開けると、そこは広々とした和室のような場所だった。


「ここは……?」

「お前さまの心象世界じゃ。あまりにも殺風景であったので、妾が彩りを添えてやった」

「そんなことできるんだ……」


 どうやら僕の心の中に新しく和室が建造されてしまったようだ。これって違法建築ですか? 困るなぁそういうの。


「……ちなみに、クラウ・ソラスは?」

「これのやり方を教えたら『最強のお城を造ります!』と言っておったぞ。妾の真似をするのが余程好きらしい」

「………………」


 どうやら、まっさらな心象世界とはお別れすることになりそうだ。空っぽで静かな感じが実に僕らしくて結構気に入ってたんだけど。


 ――いや、クラウ・ソラスくんが居るから静かだったことはないな。今まで一度も。


「あやつも、話してみると意外に素直で可愛い奴じゃな」

「……仲良くできそう?」

「無論じゃ。あれもお前さまの心の一部。邪険に扱ったりはせんよ」


 それは良かった。


「いやぁ、そういうことなら僕も安心して眠れるよ。おやすみ!」


 自然な流れで目を閉じ、再び深い眠りに就こうとする僕だったが、


「待つのじゃ」


 あっさりとミタマに引き止められてしまう。


「えっと……まだ僕に用が……?」

「むしろこれからじゃ」


 そう言ってニヤリと笑うミタマ。


「――約束通り、力を貸したお礼をしてもらわなければのう?」

「ぐ、具体的には……どうやってお礼すればいいの?」


 僕は無理やり笑いながら問いかける。


 ミタマはあれほど強大な力を持っているのだから、ここは素直に従っておかないと後々怖そうだ。


「それはもちろん……」


 間を開けてもったいぶるミタマ。そういうのいいから……!


「もちろん……?」


 ミタマに続きの言葉を促す僕。


「――身体でっ!」

「…………?」

「お礼はお前さまの身体でしてもらおう」


 ……どういうこと?


 肉体の一部……爪や髪の毛といったものを要求しているのだろうか? それとも手足や臓器を丸ごと持っていくつもりか? ミタマだって僕の身体を借りているわけだから、命に危険が及ぶレベルの部位は要求してこないと思うけど……。


 いずれにせよ、痛いのは嫌だな。


「ええと、つまり……?」


 僕は冷や汗を流しながらミタマの出方をうかがう。


「つまりじゃな――妾が満足するまで……存分に相手をするがよい!」


 不敵な笑みを浮かべながら、そんな要求をしてくるミタマ。


「……………………」

「……安心するのじゃ。妾に身を任せておれば、手取り足取り優しく導いて――」

「なんだ、そんなことか」

「ふえぇっ?!」


 僕はほっと胸をなでおろした。


「そっ、そんなことじゃとっ?!」

「いや、てっきり四肢とか目玉とかを要求されるのかと……」

「お前さまは妾のことを何だと思っておるのじゃっ!」


 ミタマは顔を真っ赤にして怒りながらぽかぽかと殴りつけてくる。


「はいはい、ごめんなさい」


 僕はそれを軽く受け流してこう続けた。


「それで何して遊ぶの? やっぱりまりつきとか? それともおはじき?」

「はぁ?」


 ちなみに僕は両方ともやったことがない。現代っ子なので。


「昔の人がする遊びはよく知らないんだよなぁ……」

「いや、その……えっ? えぇっ?」

「そうだ――せっかくだからクラウ・ソラスくんも呼ぶ? 誘ったら意外と遊んでくれるよ、あの子」

「………………」

「――ああ、でも今最強のお城つくってて忙しいから無理か」


 ふと気付くと、ミタマは黙り込んで下を向いていた。何か気に障るようなことでも言ってしまっただろうか。


「あの……ミタマ?」

「わ、妾のようなっ……妖艶な女子おなごがっ! 相手をしろと言っておるのじゃぞ……っ!? それ以上は言葉を交わさずとも分かるじゃろ……ッ!」


 ぷるぷると震えながら、涙目でこちらを見てくるミタマ。何故だか分からないけど怒らせてしまったらしい。幼女の相手は紬の次くらいに難しいなぁ。


「……あ、もしかしておままごと?」


 小さい女の子が遊びですることといえば、やっぱこれかな?


「――そういえば、最初に話したとき夫婦がどうのこうのって言ってたもんね!」


 僕の頭の中で全てのピースがはまっていく。つまるところ、ミタマは大人ぶりたい女の子だったのだ!


夫婦めおとの契りを交わそうと言ったのじゃっ! ばかものぉっ!」


 おままごとなら、子供の頃に紬の相手をさせられたことがあるからたぶん大丈夫だ。泥船に乗ったつもりで僕に任せて欲しい。


「おい、聞いておるのかっ!」


 新婚カップルから冷え切った家庭まで、完璧に対応してみせる!


「――ところで、どういう設定でやるのかな?」

「はるとの……分からずやぁ……っ! このぼくねんじんっ! かいしょうなしっ!」

「わ、いきなり始まった」

「どこまで妾を侮辱すれば気が済むのじゃぁっ!」


 唐突に暴れ始め、僕に座布団を投げつけるミタマ。激しめの夫婦喧嘩から入るパターンは珍しいかもしれない。すごい趣味の幼女だ。のじゃロリ狐娘の時点ですごいけど。


「もう知らないっ! 出ていくのじゃっ! ばかっ!」

「待ってよミタマ――」


 次の瞬間、僕は謎の力で部屋から放り出され、その勢いで心象世界からも追い出された。


 どうやら選択を間違えてしまったらしい。

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