第15話 狐耳の少女
前回までのあらすじ。紬と映画を見に行ったら、怨霊みたいなのに二連続で襲われて大変だった。完。
そんなこんなで、その日の晩は疲れ果ててベッドですやすやと眠っていた僕だったのだが……。
「う、うぅ……っ?」
突然、自分の体が重くなるのを感じた。
まるで金縛りにでも遭っているみたいで、僕の上に何かがのしかかっているような感触がする。
「………………」
こうなってしまった時点で目を開けて自分の状態を確認すべきなんだろうけど、なかなか決心がつかない。
だってこんなの、ホラー映画だったら髪の長い女の人が布団の中とかに居るパターンじゃん! 絶対にやばい!
「これは夢……きっと夢……」
そうだ。昨日から変なのに襲われすぎて、怖い夢を見てしまったに違いない。早く何とかして起きよう。
「いいや、夢ではないぞ?」
――だがその時、すぐ近くで返事があった。背筋が凍るような女の子の声である。
僕の方は驚きすぎて声も出せなかったけど、代わりに目を開けてしまった。
「…………っ!?」
僕の上にのしかかっていたのは、白い狐の耳と尻尾を生やした着物姿の少女である。
「どうした? 眠れないのであれば、
おまけに、一人称が「妾」で僕に優しく語りかけてきている。
これで妖艶なお姉さんであればハニートラップとして完璧すぎて天に召されていた所だったのだが……そこは真逆の属性だ。妖怪つるぺたのじゃロリである。
「
余裕を感じる微笑みを浮かべながら、ぎゅっと僕に抱きつく狐耳の少女。
――これって、もしかしなくても事案?
「あの、どちら様ですか?」
僕は恐る恐る問いかける。
少なくとも、色々と拗らせ過ぎて見えるようになった幻覚でないことは確かだ。
何故なら、僕の妄想だったら絶対に妖艶なお姉さんが出てくるはずだから!
「……妾にも分からん。覚えておるのは、お前さまが救ってくれたということだけじゃ」
「つまり、記憶喪失ってこと……?」
僕は正体不明の狐娘が体に巻きつけてきている腕を引き剥がしながら、そう問いかけた。
「まあ、そんなところじゃなっ!」
そう言って、再び僕に抱きついてくる狐娘。よく分からないけど、懐かれてるみたいだ。
「……名前は覚えてる?」
「あんっ」
僕は再び狐娘を引き剥がしてベッドから起き上がり、部屋の電気をつけて問う。
「……妾の名は……ミタマじゃ。確か、とても偉い神様じゃった気がするのう」
「かみさま」
「敬っても良いのじゃぞ?」
返事は想定外のものだったが、ここまで来たらそれほど驚かない。
この世には摩訶不思議が満ち溢れすぎているのだ。異世界転移とか神隠しとか。
「醜い姿に貶められ苦しんでおった妾を、お前さまが救ってくれたのじゃ。あれはまさしく運命の出会い! 忘れたとは言わせぬっ」
何故か顔を赤らめながら話すミタマ。
「……そもそも人違いなんじゃない?」
確かに僕は勇者として大勢の人間を救ったけど、自らを神と名乗る狐娘を助けた覚えは全くない。
「――カオナシもどきと言えば……妾の正体を理解出来るかのう?」
その時、ミタマは僕の目を見つめながら辛そうな顔でそう言った。
「……もしかして、昨日僕が吹き飛ばしたやつ?!」
「そうじゃ」
あっさりと肯定するミタマ。
まさか、あれの中身が狐娘だったなんて……意味が分からない!
「あの時、浄化された妾の魂はお前さまの身に宿った」
「取り憑かれたってこと……?」
「まあ、そうじゃな」
あっさりと肯定するミタマ。やはりこの子も怨霊なのだろうか。
「本来であればそのまま消滅するはずだったのじゃが……妾はこうして復活を遂げた! まさに奇跡じゃ! 霊力ではなく魔力とやらをぶつけられたのが良かったのかもしれん」
「ふ、ふーん……?」
一人で盛り上がっているところ悪いけど、僕が置いていかれている。
「……ともかく、そこから妾はひとまずお前さまの身体を借りて、残った霊力でこの身を創り上げた。どうにか人の形で外へ出られるようになったのがつい先ほどのことじゃ」
「な、なるほど……?」
あんまり分かってないけど、神様が僕の力で復活したらしい。すごいね。
「じゃから、復活の過程でお前さまの記憶も大体は共有されておる! 自分のことは分からんが、お前さまのことならよく分かるぞ!」
「えっ?」
なんかそれ嫌だな。具体的にどのくらい僕の記憶を覗かれてしまったんだ……!
「つまるところ、今の妾はお前さまの半身――くらうそらす君二号といったところじゃな」
その説明が、僕にとっては一番分かりやすかった。
「妖刀が……二本に増えた……!」
「わ、妾は妖刀ではないっ!」
その反応もクラウ・ソラスと一緒だ……!
「……ともかく、お前さまが只者では無いことも妾は理解しておる。今まで大変じゃったのう? 勇者さま」
「…………!」
まさか、この世界における僕の初めての理解者が謎の狐娘になるなんて。
「そう! すごく大変だった! 最終決戦で死んだし! それまでにも数百回くらい死にかけてる!」
「分かっておる。……あんなに頑張って、褒美もなしでは辛かろう?」
それは別に……こっちの世界に帰れたからいいけど……。
僕が言い淀んでいると、ミタマは顔を赤らめながら節目がちにこう言った。
「じゃから……歳上で狐耳の妖艶なお姉さんである妾が、褒美として妻になってやるっ!」
「……うん?」
変な流れになってきたな。何を言ってるんだこの幼女。鏡とか見たことある?
「さあ、
そう言ってぎゅっと目を閉じ、唇を尖らせて顔をこちらへ近づけてくるミタマ。
「勇者さま……しゅきぃっ……! ちゅ、ちゅううう……っ」
「クラウ・ソラスとは別種の厄介さがあるな」
キスを迫ってくるミタマの頭を押さえつけながら呟いたその時。
「ハルト! 近くの公園にワルモノが居ます! 今日は大漁ですよっ!」
突然、ミタマがクラウ・ソラスに入れ替わっていた。
「お、お前……外に出られるようになったのか……?」
「ミタマに奪われた領域を取り返したら上手くいきました! ハルトの心象世界では今、先に住んでいた僕と勝手に入ってきたミタマの壮絶なナワバリ争いが繰り広げられているのです!」
「そうなんだ……」
クラウ・ソラスくんも色々と大変なんだな。
「――そんなことより今はワルモノです! 早く公園に行って斬りましょう! 血……はあまり出なさそうな相手ですが、八つ裂きにするチャンスです!」
「えー……またー……?」
僕はそう言いながら、剣に変化したクラウ・ソラスを持って仕方なく部屋の窓から家を出るのだった。
一応ジャージに着替えて。
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