第14話 暗躍していた裏鬼道会


 全ての事件が始まるひと月ほど前、鳴瀬なるせ悠紀夫ゆきおは東京の郊外に存在する日本退魔協会の本部へと赴いていた。


 かつて陰陽寮は平安京に存在し、陰陽師達もその地を中心に活動していたが、現代退魔師の拠点は東京都なのだ。


 山奥の本部には、鳥居や木造瓦屋根の建物が建ち並んでいて、神社の境内のような様相を呈している。

 

 陰陽師の五芒星――清明桔梗等の意匠も至る所に存在しており、霊的に守護された清浄な空気で満ちていた。


 その一角である神の祀られた本殿に、鳴瀬を含めた一級以上の退魔師達が十数名ほど集っている。


 本殿の奥はすだれで仕切られ、そこには何者かが鎮座していた。


「よくもまあ、これほど人を集めたものじゃな……鳴瀬」


 簾の向こう側のそれは、女性の声で言う。

 

「重要な報せがあるという話じゃったが……」

「はい。ここに居る者全てに伝えておきたいお話がございます」


 鳴瀬の言葉に対し、他の退魔師は不満げな様子だ。


「こっちは忙しいんだ。勿体ぶらずにさっさと話してくれ……面倒くさい」


 ある者はそう吐き捨て、


「こないに人を集めてくれはったんやから、さぞおもろい話が聞けるんやろうなぁ……」


 ある者は皮肉混じりに言い、


「……散々引っ張って結婚報告とかは勘弁してくださいよ。ユーチューバーとちゃうんですから」


 ある者は冗談めかしつつ釘を刺す。


 実力のある退魔師は特に曲者揃いだ。


「まあまあ、そんなに怖い顔をしないでくれたまえよ。本当に大切な話なんだ。……決して外には漏らしたくない」


 鳴瀬はいつになく真剣な様子である。他の退魔師達は皆一様に押し黙り、以降はこの場へ呼びつけた彼のことを責め立てなかった。


「よい、話してみよ」


 皆が静かになったのを見計らい、簾の向こうの女――この地の祭神であるミタマは、鳴瀬にそう促した。


「はい。……実を言うと、そろそろ頃合いかと思いまして」


 鳴瀬は恭しい態度を崩すことなく言う。


「…………ほう?」

「この場の皆さまには、消えていただきたいのでございます」


 彼の言葉はあまりにも唐突で、即座に意味を理解することができた者は誰一人としていなかった。


 青白い顔をした長い黒髪の美青年は、不気味な笑みを浮かべながら呆気に取られる周囲の退魔師達を見回す。


「要するに、こういうことですよ」


 そして、気障ったらしく指を鳴らした。


「初仕事だ――やれ」


 その瞬間、本殿の灯りが全て消え去り、重苦しい空気が辺りを支配し始める。


 彼が協会を裏切ったのだと皆が理解したのは、一人目の首が斬り飛ばされ、畳が鮮血で染まった後だった。


「斬り捨て御免……ってなァ!」


 菅笠すげがさを被った黒い着物の剣鬼――無羅むらは並んだ退魔師達の中心で血振りをしながら嗤う。


 それに続き、牛鬼ぎゅうき橋姫はしひめ閻魔えんま三鬼さんきが方々から本殿の内部へと侵入してきた。


「鳴瀬……貴様――ッ!」

「ど、どうして……!」

「結界を張れッ!」


 ある者は式神を召喚し、またある者は術を発動させ、鳴瀬達に攻撃を仕掛ける。


「流石は実力者の皆様だ。恐ろしいから私は避難させてもらおうかな」


 鳴瀬は言いながら立ち上がり、退魔師達の術を全て弾きながら簾の方へ近づいていく。


「こっちは全部、あたしらで殺れってことかい……?」

「いいや……違うよ橋姫。君は私と来るといい」

「そうこなくッちゃあねぇ……!」


 橋姫は恍惚とした狂気的な笑みを浮かべながら人面の大百足へと姿を変え、天井を這いずるようにして鳴瀬に着いていく。


「――他は三人に任せるよ。みんな気を抜いたら死ぬ相手だから気をつけてね」


 鳴瀬はそう言い残し、ミタマの居る簾の向こうへ姿を消したのだった。


「上等だァ!」

「早イもの勝チだ、ナ」

蟋蟀こおろぎ達よ……全て……喰らい尽くしてしまえ……」


 牛鬼と閻魔はそう言いながら、各々の術で退魔師達が張った結界を破壊する。

 

「……おい! ずりィぞてめぇらッ! 刀持った奴は俺に回せッ!」


 無羅は押し寄せる式神の軍勢を斬り刻みながら叫んだ。


「クソッ! う、腕がッ! うわああああああああッ!」

「やめて……来ないで……い、いやああああああッ!」


 そうして化け物達の一方的な殺戮が始まり、辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄と化すのだった。


 *


 血に染まった簾の向こう側では、鳴瀬だった者――外道丸と、異形に変化した橋姫、そして狐の耳と九つの尾を生やした和装の美女――白狐のミタマが対峙していた。


「鳴瀬……裏切ったのじゃな……ッ!」


 ミタマは、周囲の空間が歪んで見えるほどの霊力を発しながら外道丸を睨みつける。


「いいえ、裏切るつもりはございません。私はこれからも、今まで通りこの協会の退魔師として活動を続けさせていただくつもりです」

「なんじゃと……ッ!」


「この場に居る者は一人残らず失踪し、私は初めから此処に居なかったことになるのですから……この事件は『神隠し』として処理されるでしょうね。神隠しに遭う神様だなんて、随分と滑稽で面白いじゃあないですか」

「貴様ぁ……っ!」


 刹那、橋姫はミタマの背後へ周り、無数の手足で体を締め上げようとする。


「妾に触れられるなどと……思い上がるなッ!」

「ぐっ……あぁッ……!」


 ミタマは橋姫を睨みつけ、呪いによってその身体を焼き焦がした。


「くそッ、おのれよくもぉっ……! よくもよくもよくもよくもぉぉッ!」


 激昂し叫ぶ橋姫。


「く……っ!」


 外道丸が最初に指を鳴らした瞬間から絶え間なく襲いかかって来ている呪いを霊力で弾き続けているミタマには、それ以上の追撃をする余裕がなかった。


「手を出すのが少し早いよ、橋姫。私が合図してからにしないと」


 外道丸がそう言って再び指を鳴らすと、途端にミタマの発していた霊力が消え去ってしまう。


「な、なんじゃと……っ?!」

「捕まえたァ……ッ!」


 橋姫はその一瞬の隙に起き上がり、ミタマの体に巻き付いた。


「う、ぐあぁっ!」

「もうお終いかな?」


 次の瞬間、橋姫の避けた口から突き出した鋭い棘のようなものが、ミタマの首筋へ突き刺さる。


「ぐあああああああああッ!」


 激痛が体中を駆け巡り、全身を痙攣させながら叫ぶミタマ。


「な……何を……っ!」

「すぐに分かるよ」

「う、あっ、ああああああっ!」


 次の瞬間、ミタマの体が黒く変色しドロドロに溶け始める。


「あ……あ……あああああ」


 かくして、神であった女は大きな黒い塊となり、獲物を求めて地べたを這いずるだけの下級怪異と同じ存在に堕した。


「……さてと。これは私が貰っておくよ。使い道は……まあ適当に考えておくさ」


 外道丸は黒い塊を足蹴にしながら言う。


「……そうだ。一ヶ月くらいすれば、それなりに霊力を取り戻して大きくなるだろうから……そこで神薙の血でも与えてみようかな?」

「神薙ぃ……? アレはあたしが喰いたいんだけどねぇ」


「一回だけコレと同じ結界に放り込んでみたいんだよ。生きてたら早い者勝ちで食べていいからさ」

「……やっぱ外道だよ、あんた」


 かくして、外道丸達は静かに動き始めていた。


 彼らの目的は日本を鬼が支配する混沌の世にすることであり、計画は遊び半分に実行される。


 欲望のままに殺戮を愉しみ、神をも侮辱し、それでいて面白ければ事もなし。それが外道丸の思う鬼としての在り方なのだ。


 彼らの行う虐殺に大した理由などないのである。


「だってその方が面白いだろう?」


 外道丸は独り言のようにそう呟いた。


 ――そして一ヶ月後、裏鬼道会のほぼ全てが一人の異世界帰り勇者によって破壊し尽くされることになるのだが……もちろん彼らには知る由もない。

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