第13話 ハードスケジュール


 僕と塩ラーメンを除いた全ての時間が止まっている。


 あまりにも意味が分からない光景だが、そうとしか言い表すことができない。


「……時間が止まることって……本当にあるんだ!」


 仕方なく塩ラーメンをすすりながら、この異常事態に対する感想を述べる僕。


 こういう状況はむしろワクワクするけど、どうせならラーメンの時間も止めて欲しかった。伸びちゃうから。


「ずずっ……ずぞぞ……」


 ひとまず食事を終えてから時間の停止した世界を探検して楽しもうと企んでいたその時、


「あんたなんだろう……? 神薙かんなぎってのはさぁ……!」


 突然、どこからともなく背筋が凍りつくような女の人の声が響いてくる。まさに幽霊といった感じの、憎悪がこもった掠れ声だ。


「まさか……私の術を喰らっても動けるだなんてねぇ……? 無羅むらじゃあ……相手にならないはずだよ……」

「…………!」


 今度の声は後ろから聞こえてきた。こんなにもあっさり背後を取られてしまうなんて、僕もかなり鈍っているみたいだな。


「……確かに、僕の苗字は神薙だけど。どうしてあんたが知ってるんだ?」


 昨晩と似たようなパターンなのは何となく察しがつくけど、クラウ・ソラスがまだ出現していない以上、いきなり攻撃をするわけにもいかない。いい奴である可能性も一割くらいはあるし。


「……ごちそうさまでした」


 というわけで、急いでラーメンを食べ終えた僕はゆっくりと背後へ振り返る。


「………………?」


 ――そこに立っていたのは、紫色の着物を身に纏った黒い長髪の女だった。


「おばさん、誰ですか?」

「はァ?」


 恐ろしい形相でこちらを睨みつけてくる女の人。


「…………お姉さん」


 僕は少し考えてから呼び方を変えてみる。


「そうさ。それで良いんだよ坊や」


 なるほど。ちょっと面倒くさい感じの人だな。下手に怒らせないようにしとこ。


 僕はそんなことを思いながら、見知らぬ男子高校生相手にお姉さん呼びを強制させる不審者の様子を観察する。


 その昔風な格好からして、おそらく昨晩僕が倒した奴の仲間なのだろう。


「……目的は何だ?」


 僕は相手の出方をうかがいながら問いかけた。


「言わなくても分かってるだろう?」

「………………」

「図星、って感じだねぇ」


 今のは「質問を質問で返すな!」という抗議の沈黙だったんだけど、全く伝わらなかったらしい。


 ――というか本当に分からないんだけど……どうして僕は昨日からおかしな奴らに狙われてるんだ?


「……そうさ、神薙の血が欲しいのさ」

「………………?」


 献血の勧誘…? 僕の血液型って別に珍しくないんだけどな……。そもそも怨霊って血とか必要なのか……? それとも、僕の聖剣と同じ性分の人? 謎は深まるばかりだ。


「向こうの娘、あんたの妹だろう? ……別にあっちでも良いんだけどねぇ……」

「お前……紬に何かするつもりならただじゃ済まさないぞ……!」


 その瞬間、僕の手元にクラウ・ソラスが出現する。どうやら相手が明確な悪だとみなされたらしい。


「へぇ、そんなに妹が大事なのかい。……妬ましい、妬ましいねぇ」


 刹那、フードコートの照明が落ちる。まだ昼間のはずなのに辺りは真っ暗になり、周りに居た人達はいつの間にか消え去っていた。


 またおかしな妖術とやらを使われたらしい。


「さてと……下らない話はこれでお終いにしようじゃないか」


 そう言った後、バキバキという音を鳴らしながら全身を折り曲げ、変形させ、悍ましい化け物の姿へと変貌していく女。


 首はあり得ない方向に曲がり、口は上下に避け、身体は無数の手足を組み合わせて作った百足みたいになっている。


「う、うわぁ……」


 怖すぎるだろ。ホラーゲームとかに出てくる敵じゃん。


 僕の持っているクラウ・ソラスが輝きを増しているので、目の前の化け物がかなり危険な相手であることは明白だ。


「あたしの為に死んでおくれ――」


 そう言って暗闇に姿を消したそれは――泣き叫んでいるかのような耳を塞ぎたくなる声を発しながら、僕の周囲の床やら天井やらを這いずり回り始める。


 どうやら、じわじわと精神から追い詰めていくつもりらしい。泣きそう。


 早めにこちらから仕掛けて決着をつけた方が良さそうだな。


 僕はそんなことを思いながらクラウ・ソラスを天高く掲げて――


「ホーリーバニッシュッ!」

「ぎゃああああああああああっ?!」


 辺り一帯を浄化する神聖魔法を放ったのだった。


 *


「……食べるの早くない?」


 世界が再び動き出し、出来たてのカルボナーラを持って席へ戻って来た紬は、僕の方を見てそう言った。


「ちょっと急用で世界を救わないといけなくなっちゃったからね。麺が伸びる前に慌てて食べたんだ!」

「はいはい」

「やっぱり、僕が居る限りは大丈夫だと思う!」

「ふーん」


 紬には軽く流されたけど、これにて一件落着といった感じだ。


「いやぁ……良いことしたなぁ!」


 僕は活気が戻ったフードコートを見渡しながらそう呟くのだった。


 ――ちなみにこの後、電車で帰っている時に牛鬼ぎゅうきとかいう聞いたことのある名前の奴が襲って来たけど、それも撃退した。


 いつの間にか電車が真っ暗になって、隣で寝ていた紬と二人きりにされた時は流石に終わったかと思ったけど、敵が車両の外側から攻撃して来ることを察知したのでどうにかなった。


 牛鬼は図体が大きくて素早く、毒まで使ってくる強敵でした。久々に一撃で倒せなかったし、クラウ・ソラスくんもいつも以上に張り切っていたのでかなり大変だったけど、何とか勝てて良かったです。


 神薙の血が欲しいとかいうよく分からない目的のことも気になるし……もしかして僕、妖怪にモテる体質なのかな? 

 

 どうせなら、もっと可愛い感じの妖怪に好かれたいんだけど。


 例えば――そう、一人称が「わらわ」で僕にだけ優しい妖艶な狐耳のお姉さんとかね!

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