第11話 楽しい休日……?


 妖怪刀男かたなおとこの策略により、謎の荒野に放置されて帰れなくなってしまった僕。


 段々と腹が立ってきたので、刀男が持っていた黒水晶に八つ当たりで魔法を放ってみたら、粉々に壊れて真っ黒な何かが溢れてきた。


 それに呑み込まれた時は流石に終わったかと思ったけど、気づいたら自分の部屋の中央に立っていたので、つまりは無事に帰ることができたということだ。やったね。


 これにて一件落着。悪霊退散悪霊退散。


 僕はほっと一息つきながらこう呟いた。


「……眠すぎる」


 まったく、襲撃して来るならせめて真夜中は避けて欲しいものだ。僕だって寝ないといけないんだから。


 ……でも、よく考えたら悪霊って昼間に出てくるものじゃないか。なら仕方ない。


「明日は一日中寝てやる!」


 僕は拳を握りしめながらそう宣言した後、再びベッドに潜り込んで心地よく眠り始めたのだった。


 *


「起きて」


 翌朝、つむぎの声で半ば強制的に目覚めさせられる。深い眠りであっても人の声で簡単に目覚めてしまうのは、異世界を冒険していた時に散々寝込みを襲われたためだ。


 起床した僕はこう言った。


「ふえぇ……?」

「変な声出さないで」


 ……残念なことに、こちらの世界でぬるま湯に浸かりすぎたので寝起きは普通に頭が働かない。今の僕はただの腑抜けである。

 

 というか、今日は土曜日だから学校は休みのはずだ。起こされる理由がない。


「な、なに……? 今日は学校ないよ……?」

「知ってる」

「あの、僕はこのまま一日じゅうベッドでごろごろしてる予定なんだけど……」


 紬はすまし顔で僕の言葉を受け流した後、こう続けた。


「部活休みになったからどっか連れてって。……っていうか、映画みに行こ」


 なるほど珍しい。さてはもうすぐ世界が滅ぶんだな。


「えっと……彼氏とか居ないの? 紬ちゃん美少女なんだし」

「は?」

「ごめんなさい」


 バッドコミュニケーション。予想外の提案に困惑しすぎて余計なことを聞いてしまったらしい。


「彼女どころか友達すら居ない遥人はるとに言われたくない」


 腕を組み、露骨に不機嫌そうな表情をする紬。


「いや、いるよ!」

「え……?」

「でも、不思議なことに画面から出て来ないんだ! ピックアップガチャで引いた星5の子なんだけど!」

「……クソつまんない」


 空気を和ませようとして放った僕の渾身のギャグは駄々滑りだった。


 こういう所が良くないんだよな僕。黙ってても喋ってもろくなことにならない。反省してください。


「だいたい、引きこもりの遥人に彼女なんてできるわけないし!」

「ひどいなぁ」


 そうは言ったものの、この話を最初に振ったのは僕なのでただの自滅である。神薙遥人、実に哀れな人間だ。


「と、ところで咲ねえは? 一緒に来るの?」


 終わっている空気をどうにかするため、とりあえず話題を変えてみる。


「二日酔いで潰れてた」

「…………そっか」


 休みの前日になるとすぐ調子に乗って飲むから……。


「たまには良いでしょ、暇なんだし」

「でも、僕は暇でもぼーっとして一日過ごせる人間だよ?」

「どうでもいい。あと、咲ねえも『休みの日くらいは外で虫取りでも遊べ』って言ってた」

「もしかして僕、まだ小学生くらいだと思われてる?」

「知らない」


 やれやれ、咲ねえはどうあっても僕を引きこもらせたくないらしいな。


 外は危険がいっぱいで、異世界に転生したりお化けコオロギに喰われそうになったりするのに。


 ……いや、でも結局家の中に居ても襲われたな。この世に安全な場所はないのか。僕の周りだけおかしすぎる。


「もういい、遥人に出かける気がないなら一人で行くっ!」


 そうこうしているうちに、紬が痺れを切らして部屋から出て行こうとする。


「ま、待ってよ。別に行かないとは言ってないでしょ」

「めんどくさいから『はい』か『いいえ』で答えて」

「はい! 行きます!」


 せっかく反抗期の妹が「お兄ちゃんと遊びたい!」だなんて可愛らしいことを遠回しに言ってくれているのだから、ここで断ったら兄妹の絆ってやつに一生の亀裂が入ってしまう。


 元より、行かないという選択肢は存在しないのだ。

 

「でも、映画って何みるの?」


 僕は紬に問いかける。


「えっと……『ゾンビVSオンミョウジ』ってタイトルで……平安時代にゾンビがいっぱい出て来て、陰陽師が呪術で倒しまくる話……!」

 

 何というか、すごいB級だな。


「面白そうでしょ! いやゼッタイ面白い! だから早くみに行こ……!」


 そんなキラキラした目で言われても反応に困る。紬って変なの好きだよね。


「分かったよ。着替えるから待ってて」


 でも正直、グロいの苦手なんだよなぁ。中学の時は派手に血が飛び散るグロシーンが大好きだった記憶があるけど、今はあの時の自分が理解できない。


 ……痛みがリアルに想像できるようになってしまったからだろうか。


 それとも、僕の狂気的な部分は全て魔剣クラウ・ソラスくんに持っていかれてしまったのだろうか。


 まあ何にせよ、映像のグロシーンくらいどうってことないよな。たぶん。


「早くしてね!」


 紬は部屋を出て行く際に僕の方へ振り返り、そう言い残す。


「うん。なるべく急ぐよ」


 かくして、僕は妹の紬と愉快な休日を過ごすことになったのだった。


 映画はぜんぜん面白くなさそうだけどね。何だよ『ゾンビVSオンミョウジ』って。どの層に向けてるんだ。


 そもそも、年頃の女子は恋愛映画とかを見るものなんじゃないのか? らぶらぶカップルの片方が死んで泣ける感じのやつ。まだそっちの方がドラマチックではあるから面白いかもしれない。


 ――断言しよう。紬の見たがっている映画は絶対につまらない! Z級のクソ映画だ!

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